札幌に2泊3日で旅行へ. 目的は宮越屋珈琲円山坂下本店にいくこと.
day1
朝は1時間半ほど、溝の口の勉強カフェでbotのチェック. 旅行の当日朝にラグプルで5万円を盗まれる. 地獄. とりあえずbotは動かしながら旅行は継続. 旅行中に詐欺に会うより辛い.
羽田から北海道へ
記憶では、最後に飛行機に乗ったのは、新入社員のときの研修で金沢の宇野気に行って以来なので、おそらく17年ぶりくらいじゃないだろうか?子供のように緊張して感動した.
よく考えると、なんで鉄の塊が空を飛ぶんだ?意味がわからないな. 飛行機が飛ぶという当たり前のことが、150年前の人からすると意味不明だろう.
新千歳空港から札幌エアポートで札幌へ. 平日昼間だからか、結構空いてる. おもった以上に寒くはなかった. 天気のいい11月と行った感じだうっすら紅葉もしている.
藻岩山展望台で夜景をみにいく
ホテルには16:00についたものの、もう日が暮れる. 日没に向けて定番の観光地である藻岩山展望台へ向かった. 定番なので、観光客が多い. 半分くらいは外国人なことにも驚く. 札幌も海外の観光客が多いのか…
夜景は想定内とはいえ綺麗ではあったが、想定内の美しさはなぜか虚しかった. なんだか旅行にして観光地を観たところで、虚しさを埋めることはできない. むしろ、虚しいから旅行でもすれば虚しさが和らぐと思ったけど、そんなことはなかった.
行きも帰りも市電だが、中心部でもあるのか、なんだか東京とあまり風景がかわらないな、けっこうな都会だ. 札幌駅周辺はタワマンとかあって、なんだか武蔵小杉のようだし、明らかに川崎市多摩区のほうが田舎すぎた.
ジンギスカン5000円、人生で一番高額な夕食記録を更新した
夜はあらかじめ決めていた、ジンギスカン. ただ、ジンギスカンというのが有名とは知っていたが、ジンギスカンがなちにかを知らなかった. 羊の焼肉料理らしい. すすきのにたくさんお店があるんだが、「札幌 ジンギスカン ひとり」で検索してでてきたお店へ. 焼肉料理というと、飲み屋みたいなところかと思ったが、カウンター席で食べられる.
普段はアルコールをほとんど飲まないが、せっかくなのでサッポロクラシックを注文した. 味もわからない、グラスとジョッキの違いもわからない. ジンギスカンの味は分かった.
ただ、ジンギスカンだけで値段が4500円、ビールと合わせて5000円はちょっと想定外でびっくりした. 図らずも、人生で一番高額なディナー記録を更新してしまった. なお、本日朝食抜きの昼食はおにぎり2つ、これでチャラだ.
勉強カフェ札幌大通店で、門前払いで相手にすらされず塩対応
夕食後時間が余ったので、勉強カフェ札幌大通店へ行ってみた. なんとホテルから歩いて10分. しかし、なんと満席のため、他スタジオ利用の制限をしているらしく、中に入れず.
さらに、満席なのに私の後ろから2人が来店し、その対応のため、わたしのくだらない雑談すらできる雰囲気ですらなく、帰らざるを得なかった.
スタッフからすると「なんで北海道に神奈川県民が来るんだよ、意味不明だよこのクソ忙しいときに… 」みたいな塩対応だった.
day2
札幌市内観光へ. 天気は雨のち曇. そこまで雨は激しくなく、気温も寒くはない.
北海道開拓にはアメリカのプラグマティズムがある
札幌時計台、赤レンガ省庁、北海道大学と博物館、サッポロビール博物館.
北海道開拓の歴史巡り. 札幌はキリスト教文化やアメリカ開拓の精神に近いものを感じる. クラーク博士の精神の源流にはアメリカ的なもの、エマソン的なものを感じた. 思いは届く!アメリカ超絶主義. 札幌開拓とプラグマティズムが相性がいい.
アメリカ開拓でインディアンを征服して土地を手に入れたように、北海道開拓とは、アイヌ民族を征服して土地を略奪したという闇歴史もある. 赤レンガ省庁では、いちおうアイヌの歴史も、また北方領土の歴史も並べられていた. 日本が北海道を支配している期間はたった150年であることを考えると、150年後にロシアが北方領土を含む北海道を支配していてもあまり違和感はない. アイヌも日本人も、ロシアからみれば先住民でしかない.
北海道の移民は東北北陸の農家や、戊辰戦争や西南戦争で負けて仕事を失った武家などが屯田兵として移住したらしい. わたしの親戚は満洲国やブラジルに移民として行ったっきり帰らぬ人となった. 北海道移民運がいい. ちいかわ映画を思い出した.
うちの近所にも農地がたくさんあるが、それらは江戸時代にただで手に入れて開墾して手にい入ったらしい. それが令和の今でも受け継がれている. わたしはワンルームの部屋のために5万円も払っているが、わたしのマンションの周りは農地ばかりなのだ. これには不公平をいつも感じている. 先に開拓した早いもの勝ちルールなのか、いや、北海道に移住した人達は北陸や東北の早いもの勝ちルールに絶望したからこそ、ただで土地がもらえる可能性を求めて移住したのか?令和ではもう多摩区では土地が手に入らない. 令和のフロンティアはどこなんだろうか?
機械式時計に紙幣から切り離されたクリプトを感じた. 時間が物理機械から切離されている. 力学の知識によって重力エネルギーがが水力のように歯車で制御されてる設計で力が電池のように制御できることに感動した. 力学エネルギーがまるで水流や電流のようだ. 歯車とはこういうためにあったのかと思った.
北海道大学の博物館が以外に面白かった. まったく想定外だったけど. 北海道は農学、植物学、鉱物学、地質学など、生物地学が強い. 地学を浪人生のときに勉強したロマンがここにあった. 科学に携われる人達が羨ましい. 結局、青年のころに科学に憬れても、今はNEWTONの雑誌を読むくらいしか関われない. 最近、スマートホームの延長でスマート農業を調べていたが、この分野では北海道大学だ.
ソウルから札幌や福岡のほうが東京と同じくらい近い
韓国人がとても多い. わたしは日本語がなまっているので初対面の人は大抵韓国人と思われることがコンプレックスのため、なるべく話さないで観光した. 途中、70歳くらいの父親みたいな危なっかしい韓国の老人と仲良くなる. バスで支払いがエラーしたので私が追いかけて話しかけてバス代を支払わせた. なんとソウルから福岡まで1時間半、札幌は2時間らしい. 東京から札幌は1時間20分だ. なるほど、ソウルから2時間なら観光客が多いわけだ.
北海道開拓をしている同時代に私の先祖はラスト老害サムライとして戦っていた
札幌農学校や札幌ビール、クラーク博士は1866-67年に滞在して150周年. ちょうど同じくして、1867年は西南戦争勃発だ. 同時代でわたしのご先祖様はラスト老害サムライとして、薩摩ではサムライの存続をかけた戦いをしていた.
1867年、北海道は明治の風が拭いていたが、薩摩は未だ江戸の風が吹いていた.
念願の宮越屋珈琲円山坂下本店へ、時空は変性意識で歪む
札幌旅行の目的である宮越屋珈琲円山本店へ. 本当は夕食のあとの18時から突撃する予定だったが、思ったより早く観光が終わってしまい、15時半だ. 夕方からどうしようか…
平日の昼間、さらに繁華街ではないとこともあって、店内は混雑はしてない. 円山公園への道とは1つ脇にずれているので、観光客というよりは地元の住人へ向けたお店.
驚いたことに、町田店と店内の演出は同じだ. 食器、インテリア、JAZZのBGMなど. 全部同じ. レアチーズケーキとマイルドスタンダードを注文. もちろんマイルドも味は同じ.
ずっと憬れていたんだが、いざ来てみると、なんだかいつもと変わらないことで、こんなものかと思ってしまう. ただ、それでも自分の過去と今を物語でつなげることが、虚無から意味を創り出すことであり、この瞬間は充実している. 虚無の克服や意味の充実は、創り出すものだ. 他人とのつながりはコントロールできないが、自分の過去とのつながりはコントロールしやすい.
不思議なことに、目をつぶってみると、珈琲の味わいやJAZZの音を聴いていると、なんだかいつもの町田にいるような感覚に陥る. 思い返せば、宮越屋珈琲本店に行きたいと思ってから17年くらい経ったんじゃないだろうか? しかし15年の歳月なんて、あっという間に過ぎ去る気がした. 珈琲を飲んで覚醒とリラックスとJAZZで変性意識に突入すると、時間と空間が歪むようだ.
day3
朝から小樽観光.
小樽駅を降りてすぐに三角市場で海鮮丼を食べる. たぶんこれも、今まで食べた海鮮丼で一番高いものかもしれない、3750円. 今回の旅行は観光自体は入場料が安いところが多いが、食費が高い. いや、観光客向けに高騰しているのか?
力学や熱力学を制御するようにAIの意思決定を制御して生産性を加速する
AIの立てたプランにしたがってまずは北エリアを手宮駅に向かう旧線路あとの遊歩道に従って進む. なんと観光客が誰もいなかった. そして小樽市総合博物館につくが、向ヶ丘遊園の駅みたいなボロい建物で、思わずチケット売り場の店員さんにココは観光地であるか確認した.
小樽市総合博物館および運河館では、石炭とニシン漁で発展した小樽の歴史が展示さる. 蒸気機関車とは、蒸気の力をコントロールするエンジニアリングだ.
昨日見た機械仕掛けの時計と合わせると、重力や蒸気をコントロールするようにしてAIの確率的意思決定をコントロールするのがハーネスエンジニアリングだ. 蒸気機関の発明によって人類はとんでもない移動速度を達成してしまった. 同様にしてAIの不確実な挙動をコントロールすることで、とんでもない知的生産力を発揮することができる.
また、ニシンがクリプトのように感じた. 儲かるかどうかはトレンド次第. 小樽は明治時代の一時期にニシンで一発当てて巨万の冨を築いたが今は市場はオワコン.
産業が発展すれば街が栄え、産業が廃れれば街が滅びる
北エリアの散策のあと、南エリアにくると観光客だらけだった. なるほど、観光の中心はこっちだったか. 堺町通りというのが賑わっている. 大正ガラス細工やオルゴール. オルゴールとは現在のDAWソフト、シーケンサーだ. 明治のオルゴール、令和のDAW.
小樽は明治大正がピークだったが、そこから産業がなくなってしまった結果衰退して、ほぼ観光業になっている. 川越や京都が江戸をアピールするように、小樽は明治大正の和風を全面に押し出して、韓国人観光客を集めている. ここも、半分は韓国人観光客だった. 驚いたのは、ちいかわもぐもぐ本舗が通りで一番繁盛していた. となりのスヌーピーショップが客を奪われてスヌーピーはしょんぼりしていた.
小樽は北エリアは寂れていた. これは天竜川と同じパターン、産業があれば街は栄えるが、産業がなければ町は廃れる
新千歳空港へ向かう電車のあかね空、紅葉がとても綺麗だった.