萜語の蚀語孊 - 野村雅昭

萜語の蚀語孊 - 野村雅昭, 平凡瀟遞曞.

商人でも、䞻人、番頭、手代、小僧の蚀葉は、それぞれこずなる。同じ商店の䞻人でも、倧店の䞻人、䞭店の䞻人、棒手振りがきちんず挔じ分けられおいる。遊女にしおも、倧店の倪倫ず宿堎女郎では、党く蚀葉が違う。萜語家は、これらの人物を、蚀葉ず身振りだけで挔じわけるこずを芁求される。それには、話の舞台ずなる幎代、堎所、登堎人物の幎霢・職業などに぀いお、十分な配慮が求められる。

萜語には䞍文埋がある。それは、女を挔じる堎合、歌舞䌎の女圢のように、声を䜜っおはならないずいうこずである。それは、女に限らず、どんな人物を挔じるずきでも、同じこずである。無理に声を䜜るのではなく、蚀葉遣いず、話し方で衚珟しなければならないのである。

そうはいっおも、たったく声でその差をあらわさないわけではない。倚少は、女やこどもは、高い声になる。老人は、それらしく、䜎い調子で話される。したがっお、声の領域に幅のある挔者は、いくぶんかは有利である。逆に、声の質から蚀っお、苊手な人物も出おくる。

萜語の構造: マ゚オキ->マクラ->本題->オチ->ムスビ

マクラの圢匏・機胜

-客の反応を芋る -本題に関わる小噺 -さげの耇線 -颚俗・習慣の解説 -マ゚オキの構造

倩候ぞの配慮: お暑い䞭を・・・、お足元の悪いずころを・・・客の気分ぞの配慮: ご機嫌よろしゅうございたす来堎ぞの謝蟞: いっぱいのお運びで埡瀌を申し䞊げたす、お集たりでありがずうございたす口挔に察する協力の䟝頌: しばらくの間お付き合いをいただきたす、ごゆっくりお遊びを願いたす出挔順のこずわり: あいだぞはさたりたしお・・・、ただいたはおにぎやかなずころで・・・萜語を挔ずるこずの衚明: 䞀垭お笑いを申し䞊げたす、おなじみのお笑いでございたす、盞倉わらずのお叀いおうわさで蟞去の請願 おいずたをいただきたす、お蚱しを願いたす

優れた萜語家は、先茩の噺をそのたた挔じるのではなく、それを自分なりに構成しなおしおいる。実際の口挔では、これにくわえお、テンポや間の工倫が必芁になる。この点に関しお、叀今䜎志ん朝は屈指の挔者である。ずんずんず噺を盛り䞊げお、さっずきっお萜ずすテンポのよさには、他の远随を蚱さないものがある。

萜語の本質は緊匵ず緩和の察立

人間が生物ずしおの自由さを倱い、機䌚のようなこわばりを瀺すこずによっお、笑いの察象ずなる。ここでは心理的なこわばり、たずえば恐怖である。「二぀の感情が笑いを制止する、それは憐憫ず、その蒌ざめた恐怖である」マルセル・パニョル「笑いに぀いお」

戯曲や浄瑠璃は、䞭欧にクラむマックスのある巊右察称方の構成をも぀。それに察しお、胜、挢詩、講談、などは、頂点がやや巊方によった、しかし山圢の構造を瀺す。しかし、萜語は巊よりであるこずは共通するのだが、䞋降の仕方は垂盎線で瀺される。これは、音楜孊でいう゚ネルゲヌティク論ず同じ「笑わせたりはらはらさせたりしおいたお客を、サゲによっお䞀瞬にしお珟実に匕き戻す」米朝

日垞的なものず、背䞭合わせの非珟実性。そのような緊匵が蓄積しお最高朮に達したずころで、その緩和が蚪れる。

オチの圹割

オチは、虚構の䞖界に遊んでいた聎衆を珟実の䞖界に匕き戻す。オチは、意倖性や非合理性を含む蚀動で笑いをひきおこし、聎衆に䞎えた緊匵を緩和する。

萜語のレトリック 野村雅昭 平凡瀟遞曞

展開のレトリック配列・・・飛移法、倉態法、挞局法蚀葉をどう䞊べるかずいう点に関しお芋られる衚珟䞊の工倫反埩・・・くりかえし同䞀たたは類䌌の衚珟がある皮の芏則性を保っお珟れるずいう点に䞻県をおく技法付加・・・列挙述べるべき事柄ずその際に甚いる蚀葉ずの量的な関係のうち、蚀葉を増やす方向の衚珟技法省略・・・間述べるべき事柄ずその際に甚いる関係のうち、蚀葉を枛らす方向の衚珟技法䌝達のレトリック間接・・・迂蚀法、反語法䌝えたいこずをじかに衚珟せず、読者が遠回りしおその真意にたどり着くように誘導する技法眮換・・・比喩衚珟察象を他のなにかに眮き換える過皋をずおしお䌝達する修蟞的な蚀語操䜜倚重・・・シャレ比喩のような転換の手続きを経ずに、そういう濃淡の二重むメヌゞを映し出す衚珟技法摩擊・・・矛盟、誇匵、異䟋結合、造語、極蚀衚珟圢態に違和感を䜜り出しお受けおの泚意を匕く修蟞的蚀語操䜜その他のレトリック・・・間、シグサ、コワネ

䞭村明 「日本語レトリックの䜓系」比喩同䞀の語句の䞭にある二぀の芳念䜓系の亀叉

「われわれは地口から気の぀かない挞局を経お本圓の蚀葉の排萜(jew de mots)に移るのである。ここでは二぀の芳念䜓系が、実際に䞀぀の同じ句の䞭に収たっおおり、しかも人は同じ語矀を盞手にしおいるのである。人の附蟌みどころは、語の取りえる意味の倚様にあり、これは特に本来の意味から比喩的な意味に移る際にも芋られる。かくしお、䞀方には蚀葉の排萜ず、他方には詩的寓喩たたは啓蒙的比喩盎喩ず、この䞡者のあいだには埀々ほんのわずかな盞違しか認められないこずがある。」氎のたれるような矎女

ある蚀い廻しが比喩的に甚いられおいるのに、それを文字通りに解すれば、おかしな効果が埗られる。あるいはたた、われわれの泚意がある隠喩の物質性に集䞭されるや吊や、その衚はされおいる芳念がおかしなものになる。」カラスの鳎いたような声ベルク゜ン 「笑い」

比喩ずよばれる衚珟圢匏には、なんらかの圢で、このミタテが関係しおいる。物、動物、怍物

指暙比喩「たるで象みたいな足だ」のように、「たるで」「ちょうど」「あたかも」、「よう」「みたい」など、比喩であるこずが明らかな蚀語圢匏指暙が明瀺されおいる衚珟。結合比喩「思い出がちくりず胞を刺す」のように、語ず語の結び぀きに普通でないものがあり、それが比喩性を感じさせる衚珟。文脈比喩「われわれはようやく峠を超えた」が䜜業の䞀番難しいずころをやりおえたずいう意味で䜿われるような、堎面や文脈ず切り離しおは成立しない衚珟。萜語の比喩には二皮類のものがある。䞀぀は、既存の慣甚句や慣甚的な連語を解䜓するこずで笑いをひきおこすものである。「氎のたれるような人」「ああ、そりゃひどい顔だ。みかんをふんずけたような顔だ」「ちがうよ、いい女のこずを氎がたれるようなずいうんだよ」

もう䞀぀は、もっぱら盎喩の圢匏で、たずえるものずたずえられるものずのあいだに、あらたな連合関係を創造するこずにより、聎衆の意衚に出るものである。「氎っぜい酒っおのはあるがね、こりゃ、酒っぜい氎だね」

 前者の堎合でも、挔者の創意工倫ずいうものは十分にうかがわれるのだが、創造性ずいう点では埌者に軍配が䞊がる。挔者の個性がそのたた衚珟に珟れやすいためである。

 別皮の物事の間にある、意倖な類䌌性を指摘されるこずは、聎衆にずっお、知的な快感を誘うものであり、笑いを導くものであった。

志ん生の比喩衚珟「おめえなんぞ女房っおほどのもんじゃねえや。シャツの四぀目のボタンみおぇなもんだ、あっおもなくおもいいんだい、おめぇなんぞ」「たたぐらから手ぇ぀っこんで背䞭かくようなこずいうなぁ、ええ」「鏡を忍術䜿うような目ぇしおみんねぇ」「そいから、からだじゅう糞くず芋おえな犬がいるなぁ。あれほどくず、犬が亡くなっちゃうようなのがいるよ」

 たいおいすぐに笑いはおこらない。䜕をいおうずしおいるのか、聎衆はしばらく芋圓が぀かないのである。しばらくしおから、倧爆笑ずなるのが぀ねであった。意衚を぀き぀぀も、劙に人を玍埗させるものがそこにはあった。よく考えおみるず、珟実にはありそうもないこずが倚い。志ん生の比喩の特城は、このような着想の意倖性ず䞍合理を䞍合理ず感じさせない超合理性に支えられおいたずいっおよい。志ん生の芞の匕き出しには、比喩を含めお無数の慣甚衚珟が぀たっおいた。それを随所にくりだすこずで、かれは噺を぀くりあげおいった。それがその箇所で効果的な衚珟でありさえすれば、重耇は圌のあえお厭うずころではなかったずもいえる。

「・・・のずりしたり」、「・・・の芋本」「・・・が着物を着おいるような」お前さんはたるで芪切の囜から芪切をひろめにきたような人だよ、芪切が着物を着おるような人だからだじゅう芪切だから、芪切が着物着おえるようなもんだ「・・・みたいな぀らをしやがっお」䞉癟幎前のトカゲみたいな぀らしやがっおあたくしだぁこのやろう、かたくちみたいな぀らしやがっお化け物がべそかいたような面しやがっお造語萜語を聎いおいお、めだ぀のは、既存の単語になんらかの倉圢を行うものである。たず取り䞊げられるのが「短瞮」的な衚珟である。のべ぀たがる→のべたが、ペン→はんぺん次に倒眮もある。チンタナ〔店賃〕、やしち〔質屋〕さん、たんすずびょうぶをひっくり返しおすたんぶびょう最埌が、合成である。氎カステラ、矩倪熱

「ばかばかしい内容が荘重なる文語䜓で送り届けられたこず」や「䞭身ず容噚のアンバランス」によっお、おかしみがうたれる。シャレ「同音たたは類音で意味の違う蚀葉を利甚しお蚀語衚珟の支持機胜を耇雑にする修蟞的蚀語操䜜」重矩法、秀句法、双叙法、掛けこずば、駄排萜、地口、語呂合わせ

シャレの分類

語圢が䞀臎するもの倚矩語・同語源語カゞル噛み取るカゞル習うカタル語るカタル隙る同音異矩語コショり胡怒コショり故障ケサカ゚ス今朝返すケサカ゚ス袈裟返す語圢が類䌌するもの拍数が䞀臎テンサむ倩灜センサむ先劻タペニブペ倪兵衛に歊兵衛タれ゚ニブれ゚倚勢に無勢拍数が䞍䞀臎ココト歀凊ずコヌコヌトヌ孝行糖カドりニクラむ歌道に暗いカドガクラむ角が暗いシャレの機胜

コトバア゜ビ垃団が吹っ飛んだむむカ゚シ(非意図的なにをすなわちだすり鉢みたいな぀らしやがっお離瞁状っおほどはっきりした぀らかい䞍人情みたいな぀らしやがっお「その䞋に○○を぀けろ」ずいっお、それをいわせる。「○○」ずいう思いがけない語圢が生じるこずによっお、くすぐりずなる。なにをっおるんだい、倫の䞋にドッコむを぀けろオットドッコむ。マれカ゚シ意図的なむむカ゚シトリチガ゚コゞツケシャレをもちいたオチマトモ芏則のっずった発話ではあるが意倖な内容を持぀ものトリチガ゚発話の芏則に倖れおはいないが萜ちの発話者に思い違いがあるものコゞツケ質問に察する回答の圢になっおはいるが根拠に乏しいものナンセンス䌚話の芏則を無芖した無意味な発話

萜語の話術 野村雅昭 平凡瀟遞曞

間、クリカ゚シ、展開、シグサ、誇匵、トリチガ゚・・・

すぐれた話芞に接したずきにしか経隓できない爜快感や充実感のようなものがある。それを味わうためには、いろいろな芁因の重なりが予想されるが、そのひず぀に「間た」がある。

「然るに、この間の矎意識を、われわれ日本人だけが独特なものずしお創造したのは、これらの時空の間に、流動連続するダむナミズムの矎意識ではなく、独特なる断絶によっお創出される矎意識を発芋したからである。間はこの断絶によっおいるずころが最も重芁な条件だず考えられる。぀たり、間は時間的・空間的に切断された距離感が、独特の断絶によっお創出される矎意識だずいえよう。」「間の矎孊成立史」 西山束之助 南博線 「間の研究ヌ日本人の矎的衚珟ヌ」

「結局、間はリズムなのであるが、ある皋床の限定が必芁ずなろう。぀たり、「音楜のリズムを、拍の頭ず頭の間の時間的距離ずいう芳点から挔奏の次元でずらえた抂念」ずいうのが間である。芁するに、重芁なのは距離である。そこが空癜であるのか、音が持続しおいるのかずいうこずは、第二矩的な問題である。」「日本音楜の間」 蒲生郷昭

倧石初倪郎によれば、ポヌズずは「蚀葉の切れ、すなわち発声運動の停止による声の停止を指す」もので、次の䞃皮に分類される。

息぀ぎのためのポヌズ蚀葉の切れを瀺すポヌズ匷調のためのポヌズ期埅をもたせるためのポヌズ・䜙韻を生むポヌズその他の衚珟動䜜ずかのためのポヌズ聞き手のあり方に察凊するポヌズいいよどみのポヌズ

「ポヌズに぀いお」 倧石初倪郎「ただ生理的に無神経に、蚀葉ず蚀葉の区切れを぀けるのでなく、匵り぀めた神経を鋭敏に動かしお、レヌダヌのごずく、正確無比に適䞍適をはかるずころの「沈黙の時間」なのです。「マ」ずは虚実のバランスなり。「話術」ずは「マ術」なり。「マ」ずは動きお砎れざるバランスなり。「話術」  埳川無声虚ず実、動ず静の䞭間にあっお、そのどちらにも偏らないぎりぎりの距離を、無声は間ず考えおいるらしい。そしお、それは正確無比でなければならず、蚈算できるものである。

「間は人によっおみな違いたす。その人の息の長さ、声の性質などによっお独特の口調ずいうものがでおくる。だから人のたねではなく自分の話しをしなきゃぁいけないずいうこずは、間の問題でもいえるこずです。しかしその人の身䜓にかなった本圓の口調ずいうものが出るのは、芞ができおそののちの話で、そうなっお初めお本圓の自分の間だずいえるわけでしょう。」「寄垭育ち」 六代目䞉遊亭円生

志ん生の火焔倪錓を分析するず、以䞋の䞃グルヌプの間が珟れる。

聎衆の反応をたしかめる間えヌっ聎衆の笑いのしずたるのをた぀間堎面転換を瀺す間地の説明を省く発話者の非蚀語行動をしめす間発話のオヌバヌラップをしめす間間の省略、無の間発話者のためらいをしめす間心䞭の耇雑な思考の経緯挔者が匷調の効果を意図する間発話者のなんらかの感情を挔者が匷調的に衚珟する堎合の間。感動のあたり絶句したり、深い心の動きが沈黙をもたらしたりするこずは、人間の普遍的な行動である。萜語では、それをかなりの誇匵を亀えお衚珟する。展開のレトリックの䞭で、最も代衚的なものが列挙である。ナラベタテ、むむタテずいっおもよい。ずにかく、ならべあげればよいのだから、手間はかからない。䟋「すりに、䞇匕き、ぶったくり。泥棒、海賊、山賊、詐欺、空き巣。ピストル匷盗、自動車匷盗、ギャング・・・」

倒眮をあげおおく。これは、「店賃」を「チンタナ」ずいうような単語レベルでも芳察されるが、たずもな衚珟ならば、「・・・、・・・」ずなるものを、「・・・、・・・」のように挔じるものである。぀たり、アベコベの衚珟ずいうこずになる。䟋「なにが倧倉だっお、おたえ、泚射たのんで、医者うっおもらわなきゃ治らねえだろうず思っお」

萜語は、扇子䞀本、舌先䞉寞の話術で、そこに存圚しない虚構を創造しなければならない。この虚実の差ずいうよりも、どちらも虚には違いないが、芝居よりも玔粋なり゜の䞖界が萜語の本質である。それを盟に取り、り゜をり゜ずしお、オヌバヌに挔じるか、控えめに挔じるかずいう点で、芞は二分される。

萜語にはさたざたなトリチガ゚があるが、これを敎理するず皮になる。

意図的なトリチガ゚䜕らかの目的がある。それは、盞手をからかう意図が倧郚分を占める。語句の理解に関わるトリチガ゚堎面や文脈に関わるトリチガ゚知識の䞍足にもずづくトリチガ゚錯芚にもずづくトリチガ゚フレヌムずは、談話分析でいう発話者の行動や思考に関わる枠組みのこずである。われわれが同じフレヌムの䞊で発話を行うずきは、䌚話は滑らかに進む。しかし、発話者のフレヌムが異なるず、䌚話はスムヌズに行われない。フレヌムの範囲を倧きくずれば、それぞれの個性がこの䞖に生を受けおから珟圚たでのすべお䜓隓や知識がそれに含たれるこずになるが、普段のちょっずした行動様匏、たずえば葬儀における振る舞い方などがそれにあたる。それにズレが生じたずき、それが笑いの原因になる。萜語に登堎する粗応物は、あわお物でそそっかしいのず、萜ち着いおいおそそっかしいのずに二分される。八五郎は、前者である。熊五郎は、埌者ずしお描かれるこずが倚い。

📕萜語