成長の価値は絶対ではないという信仰の仮説. 自分の考察と他者の意見をこのメモに集める.

成長信仰のアンチテーゼ

Mocs

🌱現代の個々人の成長の価値は近代移行の資本主義社会に強く影響を受けている

仮説だがたぶん真実. 成功の価値は絶対的なものではなく, だからこそいろんな価値観と並べることで相対化する.

効率性を追求する, 生産性を高める. 全部がいぶからの洗脳が自分の信念になっている.

🌳資本主義

🌱知識やスキルは移ろいゆくものであり成長の価値は若いときに強まり老いると減退する

成長を価値判断なしに無自覚に称賛することは, たんなる洗脳状態ではないか? 成長を無批判に求めるべきではない.

なぜならば記憶は薄れ肉体は衰える. 私は老いた.

成長を求めるのは若いからであり, 老いを知り始めた年代から変わる. 成長の価値は若いほど重要である. しかし, 老いていくとそれよりも価値あるものがある. それは自分の定義した価値だ.

成長やスキルというものを移ろいゆくものという視点がそもそも今までなかった. 気づいてみたら, メディアもSNSも, そして付き合う同年代の人たちも, 成長や生産性を高める話題で溢れていたが, ひとつ視点を変えればそれは洗脳に近い気持ち悪さがある.

ヴィパッサナー瞑想に日々取り組んでいるからかもしれない, 他人と距離を取って生きているからかもしれない. また老いと消滅を意識して日々生き始めたからかもしれない.

成長そのものを否定しているわけではない. ゴールには期限や達成条件があるように, 成長にも期限がある. 期限のないゴールはつまらないように, 獲得した技術を活かせる期限があるからこそ面白くなる. しかし砂時計のように獲得した瞬間から少しずつ成長によって手に入れた知識やスキルはこぼれ落ちていく.

いわゆる🌳脱成長はサステナブルを目指しているが, それではない. ここでいう成長の否定とは, 持続可能ではなく滅びを意識している.


  • created: <2023-03-04 Sat 03:43>

Changelogs

  • <2023-10-21 Sat 08:44> 成長信仰というコンセプトのタグに昇格.