https://www.youtube.com/watch?v=B7BvgkoN4PY

day1

瞑想合宿初日. ロードバイクで向かうという当初の目標は、路面凍結リスクによって諦めて、新宿からの高速バスで向かう. 山中湖平野の終点まで1本.

今回の瞑想合宿は3月の5泊6日のような日数の余裕がなく、いつもの月1の相模女子大瞑想会が4,5回分の詰め合わせセットみたいな内容. いろんな瞑想法が紹介された.

4/5/8 paced breathing

石川先生が授業で紹介した瞑想法のなかで一番評判がよかったのがこれ. クンバカが入るのはヨーガ. 吸うとき/止めるとき、吐くときで集中がどう逸れるかを観察すると、クンバカのときに胸の張りを感じてペースがつかみやすい感じ.

アーナパーナサティstep1/2

鼻先1点集中の瞑想、これはいつものやつ.

心臓の鼓動をキャッチしにいく部分が、なんだかダンスミュージックで身体でリズムを掴みにいくような幹事だ. ここにおいて、主体的にリズムを数えるのではなく、心拍、呼吸のリズムを待ち構えてつかみにいくようなイメージ.

これに習熟すると、日常でも鼻先に意識を向けるだけで、すっと瞑想モードに入ることが出きるらしい.

会場はとても寒かった. 外は氷点下、室内もいちおう暖房はあるものの、入り口付近は寒い. しかし、寒いと集中できる.

食べる瞑想

毎回、食事のときも瞑想. 料理がおいしいため、こんなありがたいものを食べるだけならば、いくらでも瞑想したいと思ったり.

食べる瞑想もヴィパッサナー瞑想の延長と考えるならば、手動瞑想のような浅い集中のまま動作に注意をむけ続けることによる脱同一の方向と、微細な感覚に気づく方向の2つがある.

動作に注意をするときは、経行のように行うとうまくこつがつかめた. つまり、一息半歩のように、ひとつの呼吸で一つの動作を行う. マルチタスクをしない. しかし、ここで難しいのとは、手の動作と口の動作がすぐに同時に動かそうとする. 無意識でそのような習慣的な動作をしてしまうところが恐ろしい.

微細な味わいを楽しむのは、まるで音楽をきくように食べれば良いと思った. 音楽は音それ自体をきけば感動できる. そこから過去の経験に結びつけると、面倒くさいことになる.

別の人の意見で、食欲があるとヴィパッサナーがうまくいかないといっていた. とくにホテルバイキングは欲張ってしまう. おいしいまでは問題ない、もっとと思うとそれは欲望. おいしいことに感謝する. 感謝すると、利欲のこころが湧く.

また、わたしはどうも苦を楽よりも優先してしまう思考の偏りがある. ネガティブな反芻思考は消し去ることには熱心だが、ポジティブな欲望については甘い. 自分に甘い. よりよいのは、苦と楽を偏りなるみること.

day2

五臓へのほほえみの瞑想

これは相模女子大での瞑想会でやったやつ. 臓器にありがとうをいう.

これはうまくできなかった. そしてうまくできないことが、そもそも慈悲をあまりやっておらず、サマタに偏りすぎていることを認識した. これは来年の課題.

脳腸相関を思い出すが、そもそも腸とは五臓とどう関わるのか?

植物の瞑想

ここからようやく初めての瞑想. 植物をイメージして、慈しみをあたえる. ここでは、蒲生の大クスをイメージした.

今回の裏テーマは、植物になることだったので、それを意識した. 神経や筋肉のような自律的、動物的機能を停止する. 呼吸や代謝のような植物機能で瞑想する.

やさしさとか感謝の瞑想は普段あまりやらないが、久しぶりにまじめに取り組むと、胸のあたりが全体的に熱くなる. サマタ瞑想の成果なのかはよくわからないが、副次的な成果はある. しかし、そんなところでよろこんだところで、他人にやさしくないなら何の意味がない. 感受性を鍛えるのではなく、行為にだす. なに記録する仕組みが大事だ. バカバカしくてもいいので、なにか記録の仕組みを考える. 布施はらみつ可視化プロジェクト.

ありがとうとやさしさについて. 異なるところは、ありがとうは慈しみのあとから行う行為. やさしさは先に行う. 両方の共通点は捨て去ること.

課題を考える瞑想

課題を考える瞑想. 今抱えている課題を解決してそれを達成した未来を描いてくださいという催眠誘導. 別名、ひきよせ瞑想.

わたしは明るい未来を描くことができなかった. そもそもなにかを解決したところで、そのさきに得るものが虚しく、したがってより一層仏教に親近感を湧くと思った. もっとも、それは瞑想の設定をとりまちがえていて、意図としては、メタ認知からみれば今の課題につまることからめけ出せるというものだが.

19年前の、大学1年生の時、落研春合宿で山中湖にきたことをおもいだす. あの時は正坐で足がしびれ、今は結跏趺坐で足がしびれた. 20年後のわたしが仏教に夢中になるとは大学生のころには想像できなかったが、そもそも高校生のときは落語に夢中な大学生活も想像できなかった.

未来からみた大学生のアドバイスは、未来は予測不可能なので、適当にガンバレとしかいいようがない. わたしは20年前に戻って人生をやり直したいとも思わない. 後悔はない一方、どうやったってよくも悪くもならないのだから.

じゃあ、5年後10年後の未来だって、わからないのだから、今の情熱にしたがって、毎日コツコツと頑張り続けるしかない. コツコツ頑張った結果、それを得たとしても虚しい. プロセスに、今にコミットしつづけるとしか、言いようがない.

ひきよせの法則に関することで、たんなるお金がほしいみたいなしょうもない欲望と、本当に欲しいものを区別することが大事という話がおもしろい. 仏教的にいえば、なにもよいことをしてないのに願いがかなうことは単なる借金であり、あとで報いを受ける. 他人から植え付けられた欲望をのぞんだところで、ハイヤーセルフはあなたになにもしないでしょう.

慈悲の瞑想

ここで石川先生から白井さんからバトンタッチ. 慈悲の瞑想の説明. いきなりびっくりしたのが、わたしは職場で慈悲の瞑想の研修とかもやってます。反応は今いちですか、なお富士通ですが. まさかのFですか… 7年前にFをうつ病で病めました、社内ブラック事情はよく知ってます. 講義が終わった後3分だけ挨拶した.

そもそも12月から慈悲瞑想は簡易バージョンを取り組んではいたが、もの足りず、来年のテーマとしたかった. 白井さんの熱意と私のタイミングが合い、よりいっそう慈悲瞑想をやりたくなった.

これはもう少し実行プランとして落とし込む. 毎朝のサマタ脳波分析の習慣のように、慈悲瞑想脳波解析の習慣をいれる. 慈悲瞑想はサマタとは明らかに違うとは言われているので検証する. さらに毎日感情記録アプリで喜びや苦しみをストックしておいて、それをネタとして1日の終わりに行うことう習慣にする. とにかく1日10分から毎日のルーチンに組み込むことを目標にする.

満点の夜空

2日目が終わり、空を見上げると満点の星だった. UFOを探したが、見つからなかった. 寒くて死にそうだったが、一回くらい凍死する価値はある美しさだった. 微かに、星たちが動いている気がした. 昔の人たちはこれをみて、ああだから地球を中心に宇宙は回っているんだなと思っただろう. しかし、ここからどうやって、動いているのは宇宙ではなく地球だと思うのだろうか?普通に生活していてもそれは不可能ではないか?

このようなコペルニクス的展開は、仏教、というよりは東洋思想にいえるだろう. どうやったら自分を中心に世界が回ってるという世界観から、自分が形成されたもので、世界はひとつ(ヴェーダーンタ)または関係性のなかで生成消滅すると言えるんだろうか?その発想の転換は、普通に生活していたらまずありえない.

瞑想は、それを確かめることができるツールだとすると、瞑想を通じてその世界観の転換はできる可能性はある. そしてそのやり方は示されている. これは自分でも検証できるという点でおもしろそうだ.

一方で、そもそも地球は丸いのか?落語のやかんでは、「地球はまるくないよ、平面だ. まさかお前文房具やに売ってるもの信じているのか?」というくすぐりがでてくる. そうだ、地球が丸いいうのも、わたしは船で世界一周しない限り確信はできない. しかし、船を買うことはできないが、瞑想は座布団があればできるという点で、なにか自分で検証できるDIY精神がそこにあり、おもしろそうだというワクワク感がある. 双眼鏡があるからアマチュア天体観測がワクワクし、パソコンがあると個人アプリ開発はワクワクし、初音ミクがあるとアマチュア音楽製作はワクワクする.

day3

鼻先にストンと落ちるまでの時間がどんどん短くなっている気がする. 早く自宅に帰って脳波を計測したい, 果たして思考が澄んでいる感覚は瞑想の効果なのか?それともたんなる脳疲労で認知パフォーマンス低下なのか?

エンディング瞑想

自分の人生を振り返る瞑想. これも誘導催眠的なものだ.

過去の自分から今へ、今から過去へメッセージを送りましょうというものだった.

20年前の大学生の自分と、20年後の自分が互いに「苦しい、つらい、死にたい」と言い合い、そのうちそれが祭リ囃子を伴うトランスミュージックフェスティバルとなった. 富士山は噴火して山中湖は真っ赤なマグマが流れ込み、地獄絵図となった. 残念ながら、わたしは世界の終わりが見えたようだ.

🔦スピリチュアルではそれが自分に何の意味があるかが真理 - 石川勇一

石川先生の最近のモットーとして、仏教もよりスピリチュアル的な要素を入れていこうと言うのがおもしろい. しかし、10年前はガチガチのテーラワーダの教義で理論武装していた. 10年経った今年から、ちょっとスピリチュアル的な要素も入れるようになった. ハイヤーセルフからのメッセージとか. 富士山からのエネルギーとか.

それが本当かどうかを科学的に相手にするのではなく、それがその人にとってどういう意味があるのかに寄り添う. トランスパーソナル心理学はプラグマティズムに似ていると思った.

🔦プラグマティズムとは言葉より動機付けを優先する思考

Journals

  • <2025-11-24 Mon 16:36> そもそも真冬の山中湖は路面凍結でロードバイクでいくことが無理ゲーだった.
  • <2025-12-26 Fri 09:33> もしかしたら20歳のときに落研春合宿で山中湖にきた気がする.

🔗References


  • 🔦坐禅は内蔵系の器官、植物機能がメイン - 藤田一照