Info
大学受験が終わり, はじめに読んだ小説. 3月の温かい日に図書館にこもった.
翻訳
- Kindleででている岩波文庫の豊島与志雄訳は古すぎる.
- 新潮文庫, 新庄嘉章は絶版.
- 片山敏彦は2段の文学全集、https://www.amazon.co.jp/dp/B0D5W5WWXV/, Kindleで180円 x 6で復刻されてる.
<2026-10-05 Mon 17:13>購入した、こっちの訳な気がした.
📜苦しめ、死ね。 しかし、おまえがあらねばならぬものであれ。『人間』であれ - ジャン・クリストフ
「行け, 行け. 決して休むことなく」
「でも, 主よ, 私はどこに行ったらよいでしょうか. なにをしても, どこにいっても, 行きつく先はいつでも同じであり, 最後は, そこに見えるあれではありませんか」
「行け, そして死ね. ついには死ぬべきおまえである. 行け, そして苦しめ. 苦しまねばならぬおまえである. 人は幸福であるがために生きているのではない. 私の掟を成就するがために生きているのだ.
苦しめ, 死ね. しかし, おまえがあらねばならぬものであれ. 『人間』であれ」
「朝より」
🌱レールから外れた先に成功があるという最近の個性化時代の自己啓発の神話なので気づいて手放す
📜私は虚無と戦う生命なのだ。私は闇に燃える火だ。お前は死んでもなおかつ勝つだろう - ジャン・クリストフ
私は虚無と戦う生命なのだ。私は闇に燃える火だ。私は永遠に戦う自由な意思だ。私といっしょに戦え。そして燃えるがよい。
クリストフは, 万策尽きるまで努力したが, ついに, ゆきずまった. いまや, すべてが終わった」. 彼はもはや, 生きるなんらの理由ももっていなかったが, しかも生きていた.
ある日, クリストフは小さな村にやってきた. 男が立っていた. クリストフはたずねた.
「なにをみているのですか」.
待っているんだ.
「なにを」
「復活を」
その言葉が, 一閃の火のように彼を貫いた.
「おお, おまえ, おまえだ. ついに帰ってきた」.
なぜ戦う必要があるんだ. お前は<存在>する<すべて>ではないのか「わたしは<存在>する<すべて>ではない. 虚無と戦う生命なのだ. 私は闇に燃える火だ. 私は永遠に戦う自由な意思だ. 私といっしょに戦え. そして燃えるがよい」. 僕は敗れたんだ」. お前が敗れたって. それではほかのものたちが勝利者になる. お前のことを考えないで, お前の軍隊のことを考えるんだ」. 「ぼくはひとりきりだ」. 「おまえはひとりではない. お前は決して敗れることのない軍隊に属している. お前は死んでもなおかつ勝つだろう」.
第9巻『燃える荊(いばら)』
📜音楽はこのつらい生活の中で彼らの楽園だった - ジャン・クリストフ
音楽は, このつらい生活の中で, 彼らの楽園だった. 彼らの生活に大きな場所を占めていた. 彼らをおし包んで, ほかの世界を忘れさせてくれた. それは危険を伴わないでもなかった. 音楽は現代の強力な溶解剤の一つである. 蒸し風呂のような, またはけだるい秋の日のような, その熱気をふくんだ陶酔感は官能を極度に刺激して, 意志力を殺してしまう. しかし, アントワネットのように過度な, そして喜びのない活動を強いられている魂にとっては, ひとつの憩いだった. 日曜日の音楽界は, たゆみない労働の一週間の中に輝く, ただひとつの光明だった. 彼らは前の音楽会の思い出, 次の音楽界への希望, 時を忘れ, パリを忘れて過ごす二時間か三時間かのために生きていた. 雨, 雪, 風, 寒さの日, 互いに寄り添って, 場席がなくなることを心配しながら長いあいだに外で待たされたのち, 劇場の中に吸い込まれ, 人ごみの中に解けて, 狭くて暗い座席についた. 息が苦しくなり, 押しつぶされそうになって, 暑さと窮屈さで気分が悪くなりかけた. それでも彼らは幸福だった. 自分が幸福であり, 今ひとりが幸福であるために幸福であり, ベートーベン, ワーグナーの偉大な魂からほど走り出る善意と力と光明の波が彼らの心の中を流れるのを感じるのが幸福であり, 愛してやまない姉であり, 弟であるものの顔…疲労と, 年が若くしてなめている苦悩のために蒼ざめたその顔が輝きだすのを見るのが幸福だった. アントワネットはひどく疲れていて, まるでひしと抱きしめてくれる母親の胸の中にいるような気持ちがしていていた. 彼女は心地よい, 暖かいその巣の中に身体をすくめていた. 恐ろしく広い会場の中の暗がりの中では, 誰も二人に注意を払うものはいなかった. 音楽の母の翼のもとに避難所をみいだしている傷ついた魂は, 彼ら二人だけではなかった.
彼にはもはや, 人間が何のために生きているのかわからなかった. そして, 音楽の創造も, もはやクリストフには避難所ではなかった. 音楽は間歇的で, 不規則で, 目的がなかった. 作曲する. 誰のために作曲するのか. 人間のためにか. 自分のためにか. 彼は死の空虚を満たす力のない芸術のはかなさをあまりにも痛感していた. なんという味気ない現実.
💭この世界は起きている間は苦しみしかなく、瞑想と運動と音楽だけが唯一の避難所(24/12/08)
Literature Notes
この現実, 唯一の現実, 死のそばに持ってきたとき, いっさいのものはなんというとるに足らぬものであることか. そこにたどり着くためには, あれほどたくさんに苦しみ, あこがれ, もがく必要があったのか・・・・・.
クリストフはどんなにか死のそば近くまで行っていたことか. 卑怯にも自分の苦しさから免れようがために, 生命を絶とうという誘惑に負けかねていたではないか.
クリストフは人生が休戦のない, 情け容赦を知らぬひとつの戦いであり, そこでは人間の名に値する人間でありたいと思うものは絶え間なく, 目に見えない敵の軍勢, つまりは自然のもつ破壊的なもろもろの力, 人をまどわす数々の欲望, 陰険にも知らぬまに人間を堕落させ, 滅ぼしてしまう, とらえどころのない秘められた思想などを向こうに回して戦わなくてはならぬことを悟った. 幸福や恋は一時のごまかしで, 心の武装を解かせ, 降伏させるためのものであることを悟った.
庭でゆらめいていた明かりが消えた. いっさいのものが消えた・・・
闇・・・深淵・・・光もなく, 意識もない・・・生命. 身をかむ暗黙の生命の力. 全能の歓喜. 引き裂くような歓喜. 空洞が石を吸いよせるように, 生命を吸いこむ歓喜. 思考力をしぼりとる欲望の竜巻. 闇の中に渦巻くめくらめっぽうな陶酔の世界の不条理な, 無我夢中な「法則」・・・
闇・・・ふたりの混ざり合う呼吸, 溶け合う二つの肉体の金色の温かみ, ともどもに落ちてゆく忘我の深淵・・・いく夜をひと夜にした夜・・・一時間が数世紀である時間, 瞬間瞬間が死である瞬間・・・共通な夢. 目を閉じての言葉. 半ば眠ったまま求め合うあらわな足の甘美な, ひそかな接触. 涙と笑い. ものみなすべて空虚のなかで愛し合い, ともに眠りの虚無を分かち合う幸福. 頭脳の中を漂う群がる映像. ざわめく夜の幻影・・・
闇・・・死・・・なんのために, また生きかえる必要があるのか・・・ 「青春より」
この一年来, なにをしていたか. 自分の永続性のためになにをしていたか. 失われ, そこなわれ, 汚されなかった一日だにもなかった. 作品ひとつ, 思想ひとつ, 永続的な努力ひとつない. 互いに破壊しあう混沌とした欲望の渦. 風, 埃, 虚無・・・欲することだけでなんの役に立つだろう. 欲したことをなにひとつ成し遂げてはいなかった. 欲したことの反対ばかりをしていた.
ゴットフリート「肝心なことは, わかるね, こうありたいと思うことや生きることに飽かないということだ. あとのことは, 人間の力ではどうにもならない」「明けてゆく日の前につつましい心を持つんだよ. 一年のうち, 十年のうちにどうなるというようなことを考えるんじゃない. 今日のことを考えるのだ. 理屈はやめるんだ. ばからしいものだ. 人生は無理をしてはいけない. きょうの日を生きるのだ. 毎日毎日に対して, 謙虚な心を持つんだ. その日その日を愛し, 尊敬するんだ. なによりも枯れしぼませてはいけない, 花が咲くのを邪魔してはいけない. きょうのような灰色な, 悲しい日でも愛するんだ. くよくよすることはない. ごらん. いまは冬だ. なにもかも眠っている. このよい大地もやがて眼を覚ますだろう. よい大地になりさえすれば, 大地のように辛抱強くありさえすればよい. つつましくするんだ. 待つのだ. おまえがよい人間なら, 万事はうまくゆく. やってできないことを悲しんだって仕方がなかろう. できるだけのことをしなくてはならん」
クリストフ「自分も眼をさますんだ」
「吹け吹け・・・おまえのしたいように, おれをしてくれ・・・吹きとばすがよい・・・おれはどこに行くのかよく知っている」
クリストフは寝床に釘付けにされて, じっとしていた. 「もう長いことはあるまい」彼は自分の人間的利己心の脈をはかるために自問した. 「どちらを選ぶかね. クリストフの思い出, その一身と名前との思い出が永久に残って, その作品が滅びてしまうのがよいか. それとも, 作品が永続して, お前という人間や名前は跡形もなく消えてしまうのがよいか」ためらうことなく彼は答えた. 「自分が滅びて, 作品が残って欲しい. クリストフは消えてなくなれだ・・・」しかし, それからしばらくたつと, , 彼は作品も, 自分自身と同様に, どうでもよくなってゆくのを感じた. 自分の芸術の永続性を信じるなんて, 子供っぽい夢だ. ほかのどんな言葉よりも早く, 音楽の言葉は燃え尽きる. 一世紀か二世紀の後には, もうわずかな, その道の通にしか理解されなくなる.
・・・芸術の廃墟の上に涙するというのか. 廃墟は, その労に値しない. 芸術は自然の上に投げられた人間の影である. 人も芸術も太陽に吸い込まれて, ともどもに消えてしまうがよい. 太陽を見るのに邪魔になる. 精神は不可解なものを理解するために, この虚構を必要とする. それを信じたかったので信じたのである. しかし, それは本物ではない. 生きてはいない. そして精神が自分で作ったこの秩序が, 精神に与える楽しみは, 実在するものに対する直接の直感をゆがめないでは得られない. 芸術の雑言は私にはうるさい. 精神は黙っているがよい. 人間に, 沈黙あれ・・・.
おお, 歓喜. 一生の間, つかえようと努めた神のしろしめす平和の中に, 自分が消え去るのを見る歓喜・・・.
「主よ. わたしは戦い, 苦しみ, さまよい, 創造いたしました. 父であるあなたの腕の中で, わたしに息をつかせて欲しいのです. いつの皮下, わたしは新しい戦いのために, また生まれかわりましょう」. 「お前は生まれかわるだろう. 休むがよい. すべてはもはや, ただひとつの心でしかない. さらば, ジャン・クリストフよ」
今日の人々, 若い人々よ. 次は君たちの番である. 諸君はわれわれの亡骸を踏み台にして, そうして前進したまえ. われわれよりもさらに偉大で, いっそう幸福でありたまえ. 私自身は, わたしの過去の魂に別れを告げる. わたしは, むなしい抜け殻のように, わたしの過去の魂を後ろに投げ捨てる. 人生は死とよみがえりの連続である. 死のうではないか, クリストフ, 生まれかわるために.
第7巻『家の中』の『ギーター』引用
フランスとドイツの戦争の危機を背景に、クリストフとオリヴィエが議論する場面です。直前でクリストフは、こう言い放ちます。
- 「行動だけが生きている。たとえそれが殺すものであっても。この世で私たちが選べるのは、焼き尽くす炎か、夜か、そのどちらかだけだ」
- 「火が消えるのは嫌だ」
これに対してオリヴィエは「おまえの声は知っている。過去の野蛮の底から来る声だ」と言い、インドの詩人たちの本を手に取って、クリシュナの言葉を読みます。
「立ち上がり、決然とした心で戦え。快楽にも苦痛にも、得にも損にも、勝利にも敗北にも無関心に、全力で戦え」(『ギーター』2章38節に相当)
するとクリストフはその本を奪い取り、続きを読み上げます。
「私には、行動を強いるものは世界に何もない。私のものでないものは何もない。それでも私は行動を捨てない。私が休みなく行動しなければ、すべての人が滅びるだろう。私が一瞬でも行動を私は生命を殺す者になるだろう」(3章22〜24節に相当)
この後、オリヴィエが「生命とは何だ」と問うと、クリストフは「悲劇さ。万歳!」と答えます。
📜快と苦、得と失、勝利と敗北を等しいものと見て、戦いに臨め。そうすれば、あなたは罪を負わない - バガヴァッド・ギーター
行為の書 vs 行為を超える書
『ギーター』を「行為の書」と読むか、「行為を超える書」と読むかは、インドの伝統の中でもずっと争われてきました。
- シャンカラ(8世紀ごろ): 行為は心を浄めるための準備にすぎず、解脱は知によってのみ得られる、と読みます。3章の行為の勧めは、まだ悟っていない者に向けたものだという解釈です。シヴァナンダヨーガもこの流れ.
- 近代の行動的な読み: ヴィヴェーカーナンダの『カルマ・ヨーガ』(1896年)、ティラクの『ギーター・ラハスヤ』(1915年)、ガンジーの「アナーサクティ・ヨーガ(執着なき行為のヨーガ)」などがあります。植民地支配と戦う時代に、『ギーター』は行動の書として読み直されました。
ロランの場合、クリストフとアンネットは、「自分が燃える」「自分が運命だ」と言う. ヴィヴェーカーナンダやガンジーの場合: どれほど行動的な読みでも、「結果を手放す」「行為者としての自分を立てない」という点は保っています。ガンジーが自分の解釈を「アナーサクティ(執着しないこと)」と名づけた.
- 「もっと燃えなければ」と思う → ロラン型, ニーチェやゲーテの『ファウスト』の「はじめに行為ありき」に近い調子, 📜はじめに行為ありき - ファウスト
- 「結果は自分の権利ではない」(2章47節)と、平静に次の行為へ移れる → ギーター型
ファウストとニーチェに共通するのは、行為や生そのものを肯定し、燃え尽きることさえ引き受ける姿勢です。カルマ・ヨーガは、執着を離れて、結果を求めずに行為することを説きます。行為を重んじる点は同じでも、熱の向きが逆.
<2026-10-03 Sat 21:57>おそらく、クリストフでは、ベートーヴェンとかファウスト的な行動から入り、ギーターは非執着の部分を捨てて解釈していたが、魅せられたる魂ではそこにカルマヨーガの修正が入った.