深夜2時に更新し過ぎでは…

2006年バイロイト音楽祭 楽劇「ジークフリート」- 2006年12月28日00:13

だれも興味がないのは知りながら、ついつい書いてしまう。

今日は年末恒例、2006年バイロイト音楽祭の第二夜目、「ジークフリート」がラジオで流れた。

第二夜「ジークフリート」Siegfried ジークフリート(Siegfried):ステファン・グールド(Stephen Gould) ミーメ(Mime):ゲルハルト・ジーゲル(Gerhard Siegel) さすらい人(Der Wanderer):ファルク・シュトルックマン(Falk Struckmann) アルベリヒ(Alberich):アンドリュー・ショア(Andrew Shore) ファフナー(Fafner):ユルキ・コルホネン(Jyrki Korhonen) エルダ(Erda):藤村美穂子ブリュンヒルデ(Brunnhilde):リンダ・ワトソン(Linda Watson) 森の小鳥(Stimme des Waldvogels):ロビン・ヨハンセン(Robin Johannsen)

指揮(Dirigent):クリスティアン・ティーレマン(Christian Thielemann) バイロイト祝祭劇場管弦楽団&合唱団

第一幕が終わった。感想。第一幕の圧巻は、「溶解の歌」だ。指揮者のティーレマンは、思いっきりテンポを落として、じっくりと音楽を進めていく。それが、労働のたいへんさをひしひしと伝えてくる。

ジーゲル歌う、ミーメの声は、もうちょっとねちっこく、いやらしいほうがよかった。でも、よく声が出ている。けっこう好き。だが、グールド歌う、ジークフリートのほうは、あまり声が通らない。けっこうなヘルデンテノールだが、やや、軽い気がする。僕の好みでは、もうちょっと荒々しく、力強い方がよい。ばてないように、抑えてるのかな?

第二幕が終わった。あいかわらず、聴いていると、ミーメがかわいそう!さあ、つぎは第三幕だ!

第三幕を聴き終わった。ブリュンヒルデを歌う、リンダ・ワトソンの声がすごくいい!彼女の声は、少し低く、憂いを秘めている。その分、かわいさは犠牲になるが、とてもドラマチックである。声もよく通る。それから、フレージングがよく、ニュアンスに富んでいる。でも、やっぱり、声がいい!暗い、ややメゾソプラノに近い(でも、カラスよりは、リリックな)あの声がいい!明るい声よりも、暗い声のほうが、ぼくは好きなのだ。フィナーレなんて、オケを突き抜けて、高らかに彼女の声が響いていた。これぞ、ドラマティック・ソプラノ!

ティーレマンの指揮は、堂々としている。シュテファン・グールドも、最後までばてずに歌いきった。よかった、よかった。

宗教の勧誘ではありません - 2006年12月26日18:49

昨日からラジオでバイロイト音楽祭の放送がやってます。

「バイロイト音楽祭」それは、敬虔なワグネリアンたちにとっての、神聖な音楽の儀式です。バイロイト音楽祭を聴くという行為は、イスラム教徒にとってのメッカ礼拝と同じなのです!!

今日から三日間は、舞台祝祭劇「ニーベルングの指輪」が放送されます。その第一目の今日は、有名な、ヴァルキューレです。

なんだか、毎日が物足りないと思っているそこのあなた!日々の日常がむなしいと感じているあなた!気になるあいつはすでにはじめています!ヒットラーも、小泉前総理も体験済み!

さあ、いまこそワーグナー教に入信しましょう!

湯西川温泉 - 2006年12月26日04:30

湯西川温泉にきました。温泉、幸せです。なんだか、自分が温泉の湯だか、温泉の湯が自分だか、わかりません。


ps. おそらくこれ以来, 17年間温泉旅館というものに行った記憶がない…

雑記 - 2006年12月24日23:02

今日はクリスマスなので、バッハの「クリスマス・オラトリオ」なんかを聴いてみた。つまんないから、聞き流した。

電子辞書が壊れたので、ビックカメラに修理に出しておいた。今日、取りに行った。修理費6000円を払った。電源を入れようとした。入らない!!壊れたままだった。ぐぐぐぐぐ・・・、なめやがって・・・・。こんなの詐欺だ!絶対に許さない!僕は年末、ビックカメラに単独で殴り込みをかけてやる!!

有馬記念、300円が360円になった。わ~い!!

第九 - 2006年12月23日17:16

今日はワグナーがピアノ編曲した第九を聴いた。これまた、いとをかし。ああ、ぼくもこんなふうにピアノが弾ければいいのに・・・。

やっぱり、年末は第九だね。第九を聴かないやつは、逆賊だ!非国民だ!犬畜生だ!

タイトルなんて、考えるのめんどくさい - 2006年12月21日21:36

というわけで、めんどくさい。うつうつ・・・。明日は、二週間ぶりに精神科に行って、カウンセリングを受ける。そのため、大学の英語のテストはサボる。そのため、単位を落とす。いったい、僕はなにをしているんだろうか・・・。ますます、うつうつ・・・。

しかし・・・、

明日は、上野にオペラを見にいくのだ!(パンパカパーン)

モーツァルトの『魔笛』。やっぱり、モーツァルト・イヤーだね。(でも、ぼくはショスタコーヴィチの方が好き)ああ、明日が楽しみだなぁ。

今日のこと?そんなもの、どうだっていいんだ。きょうも、財布の中の一円玉のようなもので、あってもなくてもいいような日だったんだ。むなしいなあ。人生って、本当にむなしい!

きつねの財布とかけてまして、きつねの人生と解く、そのこころは、どっちもむなしい。

チャンチャン

こりゃすごいや - 2006年12月20日21:39

今日は、学校をサボって、図書館に行った。予約してとりよせた、マーラーの交響曲第五番を聴いた。指揮は、カラヤン。オケは、ベルリンフィル。

こりゃすごいや。なんて、きれいな音が聴こえるんだろう。さすが、ベルリンフィルって感じ。とくに、第四楽章なんて、とろけちゃう。第五楽章のフィナーレで、アッチェレランドをかけるところも、興奮しちゃう。

とにかく、こりゃすごいや。幸せ。

某東○理○中学校 - 2006年12月20日00:34

僕は最近、7ヶ月ぶりに英語の勉強を再会した。かなり、英語ができなくなっていた。現在完了形とか、忘れてた。高校のとき、鬼のように暗記した英単語も、すっかり忘れてしまっていた。ショックをかくしきれない。というわけで、ミクシィで、「ショックです」と叫ぶ!!

英語は僕の人生に必要ないと思ってた。だから、7ヶ月前に勉強をやめてしまった。しかし、英語にまったく触れなくても、僕はこうして7ヶ月間、まったく不自由なく生きてこれた。英語って、本当になんのために勉強するんだろう?ところが、どうしよう、英語の単位は当然もらえない。英語の単位がもらえないと、卒業できない。困った!!

僕が英語を勉強しようと思い立ったのは、英語ができると、いい就職先にいけるからだ。いや、僕が大学に通う理由も、単に卒業証書がほしいだけだ。

そう、すべては卒業、就職のためなのだ!

プログラミングにも、数学にもまったく興味がない。そんなものは、教授たちの趣味だ。僕は、彼らの趣味の資金を提供してやっているのだ!そのために、年間80万も払ってやっているのだ!(親が)

ともあれ、僕は英語の勉強を再会した。昔使っていた参考書を探していた。すると、妹の部屋で、慄然とするようなものを発見した。

「ENGLISH Firsthand 2」という教科書。

僕は、ハッとした。なぜなら、理科大の英語の授業(一番上のクラス)で使っていた教科書が、「ENGLISH Firsthand 1」だったからだ。

妹に、これはいつ使ったものか訊ねた。すると、その教科書は、高一のときに使ったものだそうだ。

賢い諸君はもうお判りだろう。つまり・・・、

『理科大の英語は、中学生レベル』

だということだ。

僕はそうとう気が重い。今年は英語の単位は取れない。すると、来年、再英語という形で、中学生レベルの英語を勉強しなければならないということだ。

ますます、理科大の嫌さを確認したひと時だった。

小咄 - 2006年12月18日00:11

きつね「今日は落研の総会があったんだ。」通行人A「へー、そうかい。」

完

あまりにもくだらないので、もう少し書きます。たくさん役職を割り当てられた。めんどくさいな。以下はメモがわりに書く。・会計・寄席文字主任・下座主任・理大祭総務

その後、みんなでカラオケに行った。同じ一年生の、ちん○こ○くんは、けっこう歌が上手かった。ヴェルディの椿姫の「乾杯の歌」を歌ったら、ウケがよかった。今度は、シューベルトの魔王とか歌っちゃおうかな。

懸賞論文、うじうじ・・・ - 2006年12月14日23:50

懸賞論文(21世紀の科学は良心に向かう)に落選したことがいまだに悔しい。どうすれば忘れることができるんだろう。なんかの本で読んだよ、忘却こそが、幸福になるための条件だって。ああ、早く忘れたい!

なんで、落選したんだろう。今思い返せば、けっこうへんなことを書いた気がする。たとえば・・・。

「僕からいわせれば、人類が絶滅して悪い理由はない。しかし、多くの人が無邪気に信じているように、仮に人類が存続せねばならないとするなら、道徳(良心)に向かわざるをえないのだ。」

「『21世紀の科学は良心に向かう』 らしい。正直、びっくりした。というのも、科学はデカルトの物心二元論(精神と物質を分ける考え方)に基づいて生まれたのだ。科学は、この世界に起こる現象を、外から客観的に純粋に記述することを責務としてきたのだ。そのために、知識の中から、非唯物論的要素、心的要素をそぎ落としてきた。すなわち、精神性を徹底的に排除する知的活動が、科学なのである。だから、科学と良心は絶対的に相いれないのだ。 」

「そもそも良心なんてものは、社会的な暗示にすぎない。われわれは、社会に適応するために、無意識のうちに、マインド・コントロールされているのだ。だが、その暗示が健全である限りは、われわれの社会生活を円滑にするという点で、非常にメリットがあるのである。従って、良心なんてものは、奇妙かもしれないが、削除、編集可能なのである。すると、問題になるのが、どのような良心を人々に埋め込むかである。 」

きわめつけがこちら・・・

「もはや良心は、物心二元論に基づく個人の感情ではだめだ。あくまで、社会によって規定されるような、共同体の良心に基づかなければならない。また、「人間とは何か」、「自然とは何か、どうあるべきか」、「愛とは何か」といったような、つまり大きな思考を経ずして、「自然と人間を愛そう」なんていう、理科大新聞に書かれているような、情緒主義、センチメンタリズムを叫ぶのは、無意味どころか、有害である。 」

鬱地獄 - 2006年12月13日19:54

うつです。もう、果てしなく、とこしえに、うつです。

あんまりうつすぎて、もう自分が人間だかうつだかわかりません。

きつねの50%はうつでできていて、うつが洋服を着て歩いているようなもんです。

うつの国からうつの布教にきたくらいです。

なんだか、何者かの呪いによって布団から抜けだすことができません。

通学地獄 - 2006年12月12日11:32

電車の中で、面白い本を読んだ。

「電車の中で座る技術」 万大 かんき出版

この本には、電車の中で生き残るための術が、たくさん書かれていた。なに、たかが電車、と思うだろう。しかし、普通の人はそうであれ、ぼくにとっては、45分間立っていられないので、電車で座るか座れないかは、生死にかかわる問題なのだ!死活問題なのだ!

この、悟りの書を読んで、通学戦士きつねは、職業レベルが10くらいアップした。

もう負ける気がしない!

以下は、メモがわりに、本に書いてあったことの抜粋。・いすを持ち込む・かばんを投げて、席を取る・不潔をアピール・吐きそうなふりをする・人が座っている上から、座ってしまう・病気をよそおう

冬の旅 - 2006年12月10日21:19(人生初めての一人旅)

旅に出た。今は、豊橋(名古屋の少し前)にいる。旅行はたいして、楽しくはない。でも、明日、節約すれば、一万円で、旅行をおさめることができる。

そう思うと、得をしたようでうれしい。

旅程:東京→東海道線→豊橋→飯田線→中央本線→新宿

装備:・時刻表・青春18切符・ブラームス間奏曲集


ps. はじめての一人旅.

橘家円蔵の火焔太鼓 - 2006年12月09日23:56

今日は、いつも通りお昼まで寝ていたら、親にたたき起こされた。

なんでも、今日は32型の超特大テレビがうちに来るらしい。そこで、僕の寝ている姿は電気屋さんに見苦しいから、どっかへいけとのこと。

うちの親は、子供が健やかに成長するためには欠かせない、大切な睡眠よりも、32型テレビの方が大事なのだ!なんて、残忍な親だろう!

というわけで、僕は追い出された。

映画なんかに行くのは、野暮ったくて、若者らしくない。そこで僕は、池袋の寄席に行くことにした。

池袋演芸場は、思いのほか、混んでいた。そこで、思わぬ人がでてきた。あの、有名な「橘家円蔵」がでてきたのだ!(もう、かなり白髪が生えていたが、喋りのほうは、ぜんぜん元気だった。)僕はビックリした。なぜなら、僕は彼のことはビデオでしか見たことがなく、もっと言えば、もうとっくに死んじゃってるんだろうと思ってたからだ。うぁー、幽霊だー、と思った。びっくりして、座り小便して、バカになっちゃうかと思った。

しかし、奇跡はそこで終わらない。彼は高座で、なにをやろうかなと考えはじめたのだ。僕は、「火焔太鼓、火焔太鼓・・・」と、心の中で必死に祈った。(なぜなら、僕は学祭で火焔太鼓をやったから)。すると、彼は、なんと火焔太鼓をやりはじめたのだ!

僕はびっくりして、心臓がバクバクした。こんな偶然って、あるんだなぁ。こういうのを、奇跡というのだろう。

15分の枠を、30分演じてしまうほどの(そういうことをすると、後の人が困るのだけれど、彼には誰も逆らえない)、超熱演の火焔太鼓だった。

今日は、そんなこんなで、びっくりした一日だった。

👨橘家圓蔵

なぜ日記を公開するの? - 2006年12月05日20:15

なんで自分の日記を公開するのだろう?それは、自分の生活を露出したいという、変態趣味からだ。

そうすることで、ある人は、「わたしってこんなに幸せなのよ、充実しているのよ」と自慢し、そうすることでさらに優越感に浸ろうとする。

またある人は、「僕ってこんなに不幸なんだ!」と、他人に訴え、同情してもらおうとする。

「僕って、こんなに悲惨なんだよ!かわいそうなんだよ!同情してよ!」

僕は、ミクシィとは別に、紙の日記をつけている。それで十分な気がしてきた。最近、ミクシィの、自己愛的露出趣味に嫌気が差してきた。露出することで快感を得る、これは変態だ。だんだん、自分のナルシシズムが嫌になる。

しかし、そういう思考も、人間の本能だ。落語は、人間の業を描いているという。そう、ミクシィもまた、落語に通じるのだ。はしくれ落研部員のきつねとしては、自分の欲望を抑圧するのはバカらしく思える。しかし、嫌悪感を感じながら、チビチビと快感に浸るのもバカらしい。

そこでこれからは、逆に開き直ってしまい、全身全霊をかけて、自分の憐れさを、愚かさを、悲惨さを、ミクシィから世界へと発信しようと思う。

さて、前置きが長くなりましたが・・・

「四日間連続で、30時間働いて、しかも何度も気絶しかけるほどの苛烈な肉体労働にもかかわらず、バイト代が2万円なんて、詐欺だ!グットウィルとか、ウザい。」

「電子辞書が壊れてしまって、ショックが隠しきれない。生死の境目をさまよってようやく手に入れたバイト代が、修理代になってしまう。」

「情報数学の中間テストが、20点くらいしか取れそうにない。このままでは留年だ。」

「二週間学校をサボって、毎日図書館にこもり、本を25冊くらい読み(こことっても重要)、一気呵成に書き上げた、理科大の懸賞論文が、人生最大の大仕事が、これで一等賞になり10万を取って北海道に旅行に行こうとウキウキしていた超力作が、入選すらしなかった。うう・・・、あまりにショックだ。自分の文章力のなさ、頭の悪さ、愚かさに、心底嫌気がさす。大学受験同様、また努力は報われなかった。希望は粉々に砕け散った。ニヒリスティックな笑いだけが残った。」

楽しいことなんてまったくない。どうしてこうも、生きにくいんだろう。鬱限無、鬱限無・・・。

僕はこんなにも不幸なんだ!みんな、同情してよ!

サンタさんへ - 2006年12月02日20:38

サンタさん、お願いします。僕に、体力をください。

たくさんなんて、なまいきなことはいいません。ひとつで十分です。まくらもとには、ちゃんと、くつしたを置いておきます。それから、外は寒いだろうから、ほっかいろとみかんも置いておきます。寝たふりをして、あなたの正体を見破ってやろうなんて、子供のようなことは決してしません。うちはマンションなので、えんとつはありません。でも、ベランダの鍵は開けておきますので、そこからはいれます。僕は、12月24日の夜が楽しみで、今から期待で胸がはちきれそうです。

待ってます!

                       きつね

追伸ぼくは、あなたの存在を信じています。コメント

なんか今日は疲れた。- 2006年11月23日23:19

いろいろ書きたいけど面倒なので、ひとつだけ。

自動改札機を通ろうとしたら、10円足りなかったので、ゲートがしまった。しかし、僕はそんなことで諦めない。僕はたいそう、執念深いのだ。(そこが、僕のすごいところ。)

無理やりゲートをこじ開けて、何とか通り、あとは、後ろを振り返らずに、ひたすら走った。逃げろや逃げろ。

ピンポーン、ピンポーンとなっていた。ひゃー。


2006年11月24日 07:59

ねむい。いつもなら、迷うことなく二度寝をして、学校をサボる。

「我慢することないんだよ。目をつぶってしまえばいいんだ。さあ、夢の世界へおいでよ。楽しいよ。すべて忘れちゃいな。」


今日も疲れた。今日は時そばを二回も高座にかけた。もう、こうなってくると、時そばもかなり自家薬籠中になってきた。

「時そば名人落語達人神楽家きつね」なんだか、長い戒名ですね。


今日が一番疲れるらしい。さむいから布団から出たくない。あと10分で出発しなければ遅刻だ。(そして、それは不可能)そうだ!寒いのがいけないんだ!暑かったら、布団なんかにくるまってないで、飛び起きて学校に向かうだろう。寒いから、僕は布団から出られないんだ。遅刻するのはぼくのせいじゃない!寒さのせいだ!これは、絶対の真理だ!


計算機科学の問題があらわれた

第一問に取り組む。解けない。きつねの怒りのボルテージが上がってゆく。

第四問に取り組む。解けない。きつねの怒りのボルテージが上がってゆく。

第七問に取り組む。解けない。きつねの怒りのボルテージが上がってゆく。

第八問に取り組む。解けない。きつねの怒りのボルテージが上がってゆく。

きつねは発狂した。

明日の試験はおじゃんになった。

めでたし、めでたし・・・。


今日の試験は本当におじゃんになるところだった。三十分の遅刻で被害はすんだ。

理由は、外が寒かったから・・・。この不条理には自分でも理解不能。自分が嫌になる。本当にうつになる。

そんな今日は、ショスタコーヴィチの「革命」を公園で一人寂しく聴いた。異様に感動した。やっぱり、病んでいる時ほど音楽は心に染み入るのだな、と思った。

そのあと、シューベルトの「冬の旅」を聴いた。僕の心もそんな感じになった。

鬱限無、鬱限無・・・


本当に旅に出たくなったので、お金をためることにした。明日から三日間、派遣のバイトをすることにした。今週と来週で、5万円を稼いで、再来週はどっかに行ってしまおうか・・・。

宣伝(2006年11月22日22:58)

~地味な宣伝~明日から26日まで、某理科大学で、落語を演じます。暇な人はどうぞ。

持ちネタは、時そば、火焔太鼓、(松竹梅)

ウザい・ヤバい - 2006年11月20日08:00

今日は、朝早く起きて、ウィキペディアを利用して勉強した。(エラい!)

勉強結果・ウザい・うぜえ

「鬱陶しい」の意味を表わす。この言葉を言い放つ対象は非常に広く、どんなことがらであれ、自分が不快に思ったもの、ひと、ことは全て『ウゼえ』の一言で不快感を表明することができる便利な言葉である。例としては「社長の話うぜえ」「会社・学校に行くのがうぜえ」「部屋の掃除しなきゃならない、うぜえ」など。当初は「うざったい」と表現されていたものが短縮された形。2000年ごろから浸透している。

=大学にいくことが嫌なときに使う言葉=教授がつまらない講義をしているときに使う言葉=落語を発表したくないときに使う言葉

・ヤバい・ヤベえ

「良くない」「非常にまずい状態に陥っている」の意。ではあるが、近年では意味が拡大しており、「予想に反して驚き、衝撃を受けてしまった」という際にも使用されるようになってきている。マスコミなどでよく採り上げられる例として、「ラーメン店などで頼んだものを口にした途端、『やばい、これほど美味しいとは思っていなかった』」という表現がよく使われる。要は予想外のことを体験してしまい、その衝撃でどうにかなってしまいそうだ、という意味で使われることが多くなったと考えて間違いはないだろう。

=単位がもらえず、留年しそうなときに使う言葉=朝起きたら、太陽が西にあったときに使う言葉=(予想に反して)火焔太鼓ができていないときに使う言葉

僕はニヒリストだ! - 2006年11月19日04:02

今日も、図書館にこもっていた。

本を読んでいるあいだ、ずっと、マーラーの交響曲第9番の第3楽章を聴き続けた。ひたすらきいた。頭がおかしくなってしまうまで聴いた。9時間は聴いたと思う。こうなってくると、もう頭にメロディーが染み付いてしまい、いつ何をしていても、頭の中で、音楽が鳴り響いている。いつでも頭の中は、お祭り騒ぎだ!

そんな今日の、お昼の出来事。僕は、コンビニから帰るところだった。頭の中では、マーラーが鳴り響いていた。すると、なんか、二人の若い、スーツを着た西洋人に話しかけられた。

Aさん「あの~、チョットよろしいですか」きつね「はい」Aさん「あなたは、ニンゲンを超えたソンザイを信じますか?」きつね「なんですか?」Aさん「ツマリ、あなたはカメさまを信じますか?」

・・・・。僕は、思わずふきだしそうになった。必死に笑いをこらえた。えっ!なに!カメ様?亀?

この人は、発音が下手で、しかも、隣は自動車がびゅんびゅん走っていて、ききとれないのだ。

しかし、彼らは運が悪かった。頭の中は、マーラー一色だった。ブルックナーならまだしも、マーラーだよ。第九番だよ。神を信じることができなくなった人が書いた、狂乱するロンドだよ。僕はすぐに、こう言い放った。

きつね「僕はニヒリストです!」

決まった・・・。そう言い放った僕は、最高にかっこよかった。

しかし、彼らはニヒリストの意味がわからなかったらしく、僕のかっこよさは台無しになった。まあいいや。そのあとは、けっこうですといって、すぐにわかれた。(しかし、百円ショップの前で、宗教の勧誘をすることはないじゃないか!)

追記どうでもいいことだけど、精力的に活動する男性は、将来はげるらしい。

毎日真面目に大学に行ってるやつなんて、はげちゃえばぁ?

幸せダウン♪♪(2006年11月17日08:58)

僕は「ねむり病」です。

こう書くと、「眠り姫」とか「眠れる森の美女」のように、なんとなく清楚なイメージがありますが、僕のようなへんちくりんな学生が一人布団にもぐっていると、ムサいだけですね・・・、はい。

いや、もっと言えば、「睡眠中毒」、略してスイチュウ(ピカチュウではない)。そうなのです。眠る原因は、楽しいことがない、嫌なことから逃げたいという欲求以上に、この歓楽が中毒になって、やめられなくなってしまっているのでした。

正常な人ならば、朝ぎりぎりまで寝ていても、頑張って起きて、遅刻覚悟で学校へ向かいます。しかし、僕のような、人生ついでに生きているような人間は、絶対に起きません。寝ます。昼になっても起きません。夕方になって、ようやく目を覚まし、うーっ朝か、とおもったら、太陽が東ではなく、西にあった・・・なんて、バカボンの歌のようなことは日常茶飯事でございます。もうそこで意気消沈してしまい、また寝ます。

そのうちトイレに行きたくなりますが、僕のような中毒患者は、動くことがめんどくさいので、いきません。(しかし、限界まで我慢した後に、トイレに向かいます。でないと、ここでは書けないような、あまりに悲惨な出来事が起こってしまい・・・)。

食事もとりません。面倒だから。空腹に耐えて、布団の中で餓死しそうになります。(アフリカの子供達に比べたら、なんとおめでたい状態でしょう!)一日食べないなんてことは、よくあることです。

ここまでくると、もう異常としか思えません。スイチュウです。中毒症状は、如何にすれば、取り除けるのでしょうか?よく、アル中は酒から離れ、ニコ中(ニコチン中毒です)はタバコから離れればよいと言いますが、僕は、寝ることから離れればいいのでしょうか?福沢諭吉のように、大人になるまで枕の存在を知らなかった、なんてなふうに、机で寝てしまえばいいのでしょうか?

酒やタバコは、なくても生きてい行けます。しかし、人間は睡眠なしで、生きていけるのでしょうか?

悩んでます。助けてください!そして今日も、このまま幸せダウン♪♪


💭秋の夕方になり作業をはじめると鬱々とした諦念の甘さを感じる(23/11/21)

罪と罰 - 2006年11月15日02:05

満員電車に乗る。その空間は、人間の汚いエゴがいたるところに表出している。周りの迷惑を考えずに、iPotをがんがん聴いているやつ。僕の幼い憧れを踏みにじるかのごとく、目の前でいちゃつくカップル。醜い、ああ、醜い・・・。

特に醜いのは、僕の前に座っているじじいだ!僕が、つり革につかまって、さっきから、席を譲ってほしそうな、まるで子犬のようなかわいい純粋な目線で、コミュニケーションをとろうとしているのに、こいつはまったく無視だ。あっ、こいつ、寝たふりを始めやがった!

こんなに、つかれているのに!こんなに、立っているのがつらいのに!そのことを、全身を使って表現しているのに!

なんて、鈍感なんだろう。自分のことしか考えてない!こういうやつを、自己チュウというんだよ。(ピカチュウじゃないよ)こういう人は、生きていて、なんの価値があるのだろうか。世界の歴史にとって、存在意義があるのだろうか。こういうやつは、ずうずうしいから、飯田橋までずっと座り続けるね。

ラスコーリニコフはこう考える。

「つまり世の中には、あらゆる不法や犯罪を行いえる人・・・とりわけ、満員電車で席を手に入れること、いや、手に入れるどころか、それに対する絶対の権利をもったある種の人が存在して、彼らのためには法律などないに等しい。」

「あらゆる人間が『凡人』と『非凡人』に分かれる。凡人は常に服従をこれこととして、法律を踏み越す権利なんか持っていない。だって、その、彼らは凡人なんだからね。ところが非凡人は、特にその非凡人なるがために、あらゆる犯罪を行い、特に、いかなる電車の席も譲り受ける権利がある!」

「『非凡人』は、ある種の障害を踏み越えることを自己の良心に許す権利を持っている・・といって、つまり公の権利というわけじゃありませんがね。ただし、それは自分の思想・・・ときには全人類のために救世的意義を有する思想の実行が、席を譲り受けるべきだと要求するときに限るのだ。」

「人は誰でも、単に偉人のみならずわずかでも凡俗の軌道を脱した人は、ちょっと何か目新しいことを言うだけの才能に過ぎなくとも、本来の天性によって必ず、電車内で席を譲り受け得ざるを得ないのです。これが僕の結論なんです。でなくては、とても凡俗の軌道を脱することは難しい。が、それかといって、そのまま凡俗の起動に甘んじていることは、やはり本来の天性によってできない相談です。」

「凡人が非凡人であると勘違いしたとしても、僕の意見では、たいした危険はないと思うんです。なぜなら、彼らは決して、深入りするようなことはないですからね。刑罰の執行人も要りません。彼らは、自分で自分を鞭で打ちます。何しろ非常に心がけのいい連中ですからね。お互い同士にその面倒を見合うものもあろうし、中には自分の手で自分を罰するものもあるでしょう。その上、いろいろち公に悔悟の意を表明するようなこともやるから、美しくって教訓的な効果がありますよ。ようするに少しも心配はいりません。そういう法則があるんですよ。」

「良心ある人間なら、自分の過失を自覚した以上、自分で勝手に苦しむがいい。これがその男に対する罰ですよ。」

僕は、非凡人だろう。なぜなら、席を譲り受けることに、なんら良心の痛みを感じない。僕は、席を譲り受ける権利がある!

それが、世界の法則なのだ!それが、真理なのだ!


病んでます!! - 2006年11月13日02:28

僕は、日記マニアである。3つの日記を持っている。ミクシィの日記と、自分が管理しているHPの日記と、紙の日記だ。毎日、三十分は日記を書いている。書かないと不安になる。人生は、時間芸術だと思う。思い出すことによって、作られていくものなのだと思う。しかし、なにがあったかということを忘れてしまっては、なんだか、自分が生きていたのか、そこに存在したのか、不安になる。不安を解消するためにも、僕は一日の出来事を書き残す。そして、折にふれ、読み返し、忘れないようにしている。

紙の日記には、個人的なことを、HPの日記(ネット世界のどこかにひそかに存在する)には、一般的なこと(=クサいこと、病的なこと)を、そして、ミクシィの日記には、どうでもいいことを書いてきた。

ときどき、気分で、HPに書いた日記を、ミクシィに転用している。今日のがそれ。だから、長い、クサい、病的。

僕の日記なんて、(今日も、そしてこれからも、)適当に、うっちゃっておいてください。

2年前の11月は、本当にヤバかった。ちょうど今頃だ。

僕は、いわゆる、青年期の実存的危機に陥っていた。それはある日、嵐のように突然やってきた。一日にして、今までの世界観がひっくり返された。

 自分の見えるものすべては、偽者であり、幻想であり、頭が作り出したものであり、つまり本物でない、唯一確実なものなんて何もないんだ!・・・という考えが、頭を支配してしまったのだ。自分の存在すら、信じられなかった。自分が、今ここ、に存在することが不思議でたまらなくなった。むしろ、自分の存在が嫌だった。存在することの苦痛に耐えていた。

 突然、世界が異様なものとして、目に映りだした。こんなに奇妙な気分になったのは、あとにも先にも、このとき限りだ。

僕は、何とかしなければならない、徹底的に頭を働かせて、この苦悩を解決しなければならない、と思った。もう、受験勉強どころではなかった。僕は、自分の限界まで自分を追い込むことにより、(マズローの言う)いわゆる至高体験を目指そうとした。それによって、人間存在を超えようとした。今から考えると、何と無邪気な、そしておめでたい考えだろう!

そして、僕はこの世の一つの奇跡に出会う。クラシック音楽に出会う。正確な頃合いは忘れてしまったが、ちょうど今頃だ。僕は、テレビで、アシュケナージとN響の、チャイコフスキー交響曲第四番を聴いて、打ちのめされた。「これほど悲しい旋律ってあるの?いったいなんなんだ~~~!!」と思った。その後すぐに、図書館に行き、カラヤンのCDを借りてきて、聴いた。聴きながら、こう思った。「そうか、音楽の世界が本当の世界で、現実というものは偽の世界だったのだ!」病んでいたのである。まあ、こんなことを思うのも、仕方ない。三日間、チャイ4のことしか頭になかった。狂ったように、音楽を聴いた。そして、築くと、僕は熱狂的なクラシック好きになっていた。その熱は、半年くらい前まで、ずーっと持続した。(今は、飽きた)

まあ、こういうのって、大人になる過程で、誰しも一度は経験することらしい。青くさい、青年期特有の悩みらしい。本で読んだ。僕は別に異常ではなく、正常だった。今は、すべてを諦めている。そんなもの、考えたって無駄だ。僕は、考えないことの快楽に負けてしまった。諦念による浄福を知ってしまった。努力なんて、面倒だ。理科大め、僕を留年させられるもんなら、やってみろってんだい!!

今日は、朝の九時半から、夜の九時半まで図書館におこもりした。(こういうと、すごいかもしれないけれど、実際は5時間も図書館で寝てた。)本を読んだ。ロマン・ロランの「魅せられたる魂」。6時間は読んだと思うけれど、実際は全体の10%しか読めなかった。(いったい、いつになったら読み終わるのだろう!)二年前のぼくの心情をよく表した文章があった。ロランの文章は、舌鼓を打ちたくなるほど、饒舌だ。僕もこんな文章を書けるようになりたい。

「彼女はとりわけ信ずる必要がある。人がなすことを、欲することを、求めることあるいは夢見ることを信じ、あらゆる嫌悪と幻滅にもかかわらず、あるがままの人を信じ、自分と人生を信じるのだ!アンネットは、自分が尊敬されないことよりも人生に対する敬虔の念・・・自分を失う・・・ことが耐えられないだろう。なぜならそれは力の源だからである。行動する力なしには、アンネットは何者でもなくなるだろう。受身の幸福は、彼女にとっては死である。人々の相違の本質は、ある人は能動的であり、他の人々は受動的であるという点にある。そしてすべての受身の中でも、アンネットにとって一番致命的な受身は、懐疑すらも知らないで「虚無」の流れに、官能的に無関心に身を任せる快適の中に落ちつき収まっている精神的受身である・・・自殺だ!・・・否!彼女は拒絶する。

一つの目標に向かって躍進だ・・・未知のものか?幻影的なものか?そうかもしれない。かまうものか!躍進は幻影的ではないのだ。途中で倒れてもいいのだ、自分の道で倒れるのならば! 」

つまり、アレなのだ。いわゆる、モジャラケ・ポンなのだ。それは、あたかも痙攣的な美であり、戦慄的な躍動であり、暴走する機関車なのだ。それは、換言すれば、ブール関数であり、クラメルの公式によってはじめて、解決される。まとめると、全部エブリシングお見通しであり、ギップリャーなのである。


平凡な日々(2006年11月10日03:46)

目が覚めた。太陽は高い!遅刻だ!

急いで駅へと向かう。空気がひんやりとして、ヒュッとする。もうすぐ冬だ。

両手をポケットの中に突っ込む。ちょっと、かっこいいと思いつつ、そんな飄々とした雰囲気の自分に照れつつ、それでも周りの目を気にしつつ、道を急ぐ。

電車に乗り込む。音楽が無性に聴きたくなる。CDプレーヤーを取り出して、マイスタージンガーを聴く。まわりはみんな、MDかIpotだ。時代遅れの、そんな野暮ったい自分が好き。野暮ったさこそ、己の勲章だ!

授業を受ける。終わりなき、パズル解き。なんだか、小学生のころの、いじわるなぞなぞを思い出す。こんなもの、やっつけ仕事だ。僕は、二十歳にもなって、昼間っから、一体なにをしているのだろう!

ああ、平和だ。しばしば、平和すぎる。終わりなき日常、退屈な日常・・・。ぼくは、よく、数学の無意味さにうんざりする。授業の、大学の無意味さに憂鬱になる。これには耐えるしかないのだ。現状を変える気力は、僕にはない。シベリア送りのように、奴隷貿易のように、アウシュビッツのように・・・、どうしても抗えない運命に、目に涙を浮かべつつ、耐えるしかないのだ。そうして、僕は卒業し、日本の社会システムに飛び込む。そこで、理科大並みの給料をもらい、理科大並みの地位に就き、理科大並みの幸せを享受するのだ。ふふふ・・・、愉快だな・・・。

授業のあとには、図書室で勉強をした。

今日学んだことのまとめ「イッちゃったって何?私の日本語のバイブル(知る人ぞ知るフフフの辞書)、「新明解国語辞典」(三省堂)にお伺いを立ててみましょう。

いく→ゆく→「物事が」好ましい状態に達する。「狭義では合体時にクライマックスに達することを指す)・・・ある状態になる・・・決定的な状態に近づく。

なんと、さすがは「新明解」。そう、イッちゃった演奏家とは、あたかもセックスのときの女性のごとく(男も?)己の快楽をケダモノのようにすすりこむうちに、目を見開きつつも周囲が見えなくなり、エクスタシーに溺れ、頭も身体(特に顔ですね)もトリップしっちゃった決定的状態でものすごい演奏をする人たちです(様子だけでイッちゃって、演奏自体はだめな人もいますが)。 イッちゃった人、イッちゃった状態には、まともな常識、羞恥心、他者の存在は通じません。

とするなら、イッちゃうとは一種の絶対、悟りともいえるでしょう。

しかし、これこそ音楽の、否、舞台芸術の醍醐味と言わずして何とする?

クラシックB級快楽読本 許光俊 鈴木淳史 洋泉社 (2003)より引用」

ああ、僕はなんて無知なんだろう!こんなことも知らなかった!まだまだ僕は、勉強が足りない。もっと勉強しなきゃ・・・。

落語もこの勢いで、がんばろう。

ボディービルダーとしてのベートーヴェン(2006年11月06日06:11)

久しぶりにコンサートに行った。池袋の東京芸術劇場。

曲目は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、ベートーヴェンの交響曲第七番。二つとも、ポピュラーだ。

指揮者は、西本智実(なんと、女の指揮者だ!!)、ヴァイオリンは神尾真由子。

ぼくはいままで、NHKホールの末席の学生席でしか座ったことがないが、今日はなんとA席を予約してしまった。「近すぎて、指揮者と目があっちゃったりしたらどうしよう!!」なんて期待してみたりしたが、ありがたくも指揮台からは40メートルくらい離れていた。まあ、こんなもんだろう。

まずはチャイコンだが、コンチェルトを生で聴くのは、初めてだ。ヴァイオリンの音色にびっくりした。こうも!こうも!なんて美しい音色だろうか!ゾッとするような、戦慄的な美しさだった。ぼくの、ビックカメラで一番安い、3500円のポンコツ再生装置とはえらい違いだ。一体、僕は今まで何を聴いてきたのだろうか?それほどびっくりした。

西本智実の音作りにも、びっくりした。女のくせに(と書くと偏見だが)、とてもごっつい音を作るのだ。以前、彼女の指揮は、CDで聴いており、ごつい音作りだなと思ったが、それはロシアオケだからだと思っていた。しかし、間違っていた!

ベト7は、筋肉モリモリのベートーヴェンだった。そのありあまる肉体美を、高笑いをしながら見せつけるような、そんな感じだった。必死にがんばるといったよりは、余裕の強さ、喩えるならば、ボディービルダーのような感じなのだ。

彼女の指揮姿もかっこいい!女性なのに、すらっとした燕尾服で身を固め、まるで宝塚の貴公子みたい。しかも、足を開いて踏ん張っちゃったりなんかして、男よりよほど、男らしい。

そのあと、飯田橋の毘沙門天で、チョロっと時そばを演じた。(と書けば、聞こえがいいが、実際はかなり必死だった。誰一人笑わないという、これまた戦慄的な空間を作り上げたのは、予想通りである。)

命題「きつねは時そばができない」(2006年11月05日00:27)

証明(1)対偶法で証明する。「きつねは時そばができない」⇔「きつね以外の人は時そばができる」よって、示された。

(2)数学的帰納法で証明する<1>きつねは一秒後に時そばが、突然、完璧にできるようになることは、不可能である。(なぜなら、時そばは10分以上かかる演目)<2>n=k(kは実数)秒後にきつねは時そばができないと仮定する。このとき、時そばを完璧にするには、少なくとも10分必要であるので、n=k+1秒後も、時そばはできるようにはならない。<3>数学的帰納法より、命題は示された。

(3)背理法で証明する「きつねは時そばができる」と仮定するすると、今後も落研の活動をがんばらなくてはならなくなる。これは、適当に手を抜いて、幽霊部員となり、怠けたいという、きつねのやる気のなさと矛盾する。よって、命題は示された。

巨匠神話(2006年11月02日00:28)

なんと気高く、尊い御姿でしょうか! 初めて、拝見いたしました。あまりの神々しさに、僕はどうかしてしまいそうです!

http://www.youtube.com/watch?v=wEAAX__eRcg 神様が暴れていらっしゃる! 神様が動いていらっしゃる!

http://www.youtube.com/watch?v=Yqff1F0Ijn0 神様がお狂い遊ばされている!

このような奇跡があってよろしいのでしょうか! 嗚呼、今日という日に、幸あれ!

この神様もはじめて見た。なんというかっこよさだろうか!! あまりのかっこよさに、魂が奪われてしまう! ケロヨンフリークになっちゃいそう! 演奏も最高級だ! こんなにいい運命は、久しく聴いたことないぞ! 今日はなんと幸福に満ちているのだろうか! http://www.youtube.com/watch?v=jDar-ycF5fE

こっちの神様も素敵!! http://www.youtube.com/watch?v=_79pjsMo-jI

こんなのまであった。ぼくはもう、幸せで死んでしまいそう! http://www.youtube.com/watch?v=a06F71vc1cY&mode=related&search=

この神様の映像は、持ってる。去年、3000円で買った。なんと、無料で見れたのか!少し悔しい。この映像は、僕の一番好きな曲かつ一番好きな演奏かつ一番好きな映像。僕はこの映像を100回は見てる。何度見ても、全く飽きがこない。僕の生きる活力!僕のすべて!

これぞ、人類が誇るべき宝! 神様の悪魔的舞踏もう、メロメロ!

クラシックを聴いたことのない人は、もうこれで、ショックを受けてしまい、どうかしてしまえ!もう、クラシック音楽なしでは、生きてゆけなくなってしまうだろう。そうなっても、僕は責任を取らないからね!!

http://www.youtube.com/watch?v=VLkZvsp62iU

キン肉マンプロジェクト始動(2006年10月30日22:31)

はっきりいおう。僕はひ弱である。僕の体力では、バイトができないことがわかった。

我輩の辞書に「元気」の文字はない!!

このままでは、生きてゆけないだろう。どうするきつね!大ピンチ!

そこで、一大決心をした。「そうだ、キン肉マンになろう!!」

というわけで、筋トレをして、マッチョになることに決めた。題して、「キン肉マンプロジェクト」


初日マラソンをした。何年ぶりに走っただろうか?最後に走ったのを覚えていない。

久しぶりに、僕の足の筋肉にエネルギーが注ぎ込まれる。汗が噴出す。風を切る。心地よい爽快感。走るって、いいなあ。

恐ろしく、体力がなかった。相当危ない状況だということがわかった。

10分でばてたので、今日はそこまで。

大いなる喜びへの讃歌(2006年10月29日00:16)

さっき、マーラーの交響曲第4番を聴いた。

クラシックは嫌いになったつもりだが、つい、聴いてしまう。いやよいやよも好きよのうちじゃ。

僕は幸福感に包まれる。大いなる喜びを讃歌する。

「えーっと、一たす一はなんだっけ?三か?」

アンパンマンに囲まれて・・・(2006年10月28日04:22)

今日は、派遣社員として、ベビー用品専門店で、雑用をした。クレヨンしんちゃんみたいなのが、うようよいた。

ふみつけてやりそうになった。じゃまだった。

子供というのは、本当に純粋だ。かわいいなあ。あはははは・・・。

Aちゃん「このくつはいてみて」Bちゃん「いいよ。」「わー、はけた」Aちゃん「わたしたち、しあわせだね」

こんなことで幸せになれるものなら、僕の毎日は、どんなにか、幸福に包まれていることだろう!!

ふと気づいたのは、ポケモンがほとんどいないことだ。こどものヒーローは、誰もが口をそろえて、アンパンマンなのだ。なるほど、ピカチュウは、高尚なキャラクターなのだな。あのかわいさは、子供の感性では、理解できまい。

今日の名言「アンパンチは、十万ボルトよりも強し」

To be or not to be, that is the question(2006年10月27日04:59)

>死にたい。

僕「であsjfれw時fじゃwいj!!!!アジャラカモゲラ、テケレッツノパ~~~~!!!」

草木も眠る丑三つ時、僕はうとうとしながらパソコンをしていると、いきなり、こんなメッセージが飛び込んできた。ちょっと、ビビる。トイレにいっといて、よかった。

Yahooのメッセンジャーで数日前に知り合った人からだった。それから、一時間くらいチャットした。僕は、その人のことが気になったので、できるだけ励ました。

>これからもそう信じればいい。「意味は生存の歩調を定める。実存は、実存自体を超えた何物かへの超越性によって生きられない限り、躓く。 」 フランクル

>そうだよ。希望を持たなきゃ、人間は生きていけないんだよ。すべての幸福は、この信念のもとに成り立つんだからね。

なに?どこかからクサい臭いがするって?それなら、ファブリーズでも買えば?

なぜ、人は自殺をしてはいけないのだろうか?してはいけないという、絶対的な理由はない。いずれ、すべては滅びる運命にある。少なくとも、あと数百億年後には、太陽が地球を飲み込むだろう。そういう、宇宙論的視座で、物事をとらえると、ヒヤッとしてくる。

僕がけっこう読む人に、中島義道という人がいて、この人は、しょっちゅう(しばしば、くどいほどに)こう主張する。

「ごまかすのはやめなさい!あなたはまもなく死んでしまうのだ。あなたをまもなく襲う「死」をおいてほかにもっと大切な問題があるのだろうか?あなたは「死」と共にまったく無になってしまうかもしれないのだ。そして、何億年たっても二度と生き返らないかもしれないのだ。もうじき終わってしまうこの人生が、あなたに与えられた唯一に生きる機会、考える機会、感じる機会なのかもしれないのだ。もうすぐ死んでしまうあなたが、必死に日常的な問題にかかずらっていること、それはたぶん最も虚しい生き方である。 」

また、こんなこともいっている。「自殺したいものは楽しいはずの人生なのに自ら絶とうとする誤りに陥っているわけではない。人生がある程度楽しいことはわかっている。しかし、私の人生はその楽しいはずのことも含めて、もううんざりなのだ。」

僕は自殺しない。もう、黄昏どきだということは分かっているが(黄昏、なんてかっこいい言葉だろうか・・・)、まだ、あきらめない。少なくとも、いまだきいたことのない、すさまじい音楽を聴かないで死ぬのはイヤだ。(もう、結構、聴きつくしてしまった感はあるが・・・。)

希望を持つことが大事だ。すべての幸福は、この信念のもとに成り立つ。

📍なぜ自殺してはいけないのか?

新しき日(2006年10月25日00:09)

彼はうち勝った

理科大の懸賞論文を書き上げた

気づくと二十歳になっていた

彼はそれをあまり気にしなかった

なめんじゃねえそ、こらぁ!!(2006年10月23日01:07)

僕は自分の部屋を持っていない。だから、家では勉強できない。だから、僕は図書館に引きこもる。

今日は、図書館の自習室が満席だったので、ロビーで勉強した。すると、なんと、ヤンキーの軍団が現れて、僕の目の前で、ドンチャカ騒ぎ出した。

普段は弥勒菩薩様のように穏やかな心を持つきつねも、これにはどうも耐えがたかった。どうして、僕はヤンキーに囲まれながら勉強しなければならないのだろう???

僕はおこった!怒り心頭に発し、怒鳴り散らした。

「おまえら、おれ様の前で名にやってんじゃい、あ~ン?いい度胸じゃねえか、表出ろ、こらぁ。なにぃ?シカトだと?オウオウ、てめえら、チンチンついとんのかこのやろう。かかってこいや!おれにびびってやがる。へっ、こしぬけどもめ。おしりペンペン。全員まとめて相手してやる。かかってきやがれ!!!」

ただし、こころの中で・・・。

トリスタンな夜(2006年10月22日03:00)

映画「トリスタンとイゾルデ」を見に行った。つまらなかった。なぜか?

毒を抜かれてしまっているからだ。ワーグナーの音楽にはとうていかなわなかった。歓喜の爆発、死への強烈な憧れ、夢、狂気、身が燃え上がるような欲情、ドロドロネチネチの快楽・・・、そういったものが抜け落ちている気がした。

まあ、世界観が分かっただけでもいいか・・・。

僕は夜が好きだ。深夜徘徊が大好きだ。昼間は明るすぎる。僕にはあまりにも生きづらい。

トリスタンは叫ぶ。「昼!昼!陰険な昼は不倶戴天の敵、私は昼を憎み訴える!」

昼間は秩序や規則で縛られている。夜は、すべてが闇に溶け込む。

昼は理性、夜は感情、本能!昼は秩序、夜は混沌、非合理、不条理!昼は生、夜は死!昼は覚醒、夜は陶酔、甘美!昼は抑圧、夜は解放、自由!昼は有限、夜は無限!昼は平静、夜は狂気、野蛮、危険への愛!

イゾルデはいう。「おお、降り来よ、愛の夜を、我が生きることを忘れさせろ。汝のふところに我を抱き上げ、現世から解き放しめよ!」

憧れる・・・。憧れる・・・。

ドラちゃん大嫌い(プンプン)(2006年10月21日02:00)

ドラえもんトリビアを競え! 「ドラビア検定」第1弾は“ひみつ道具” http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=105292&media_id=17

五問中三問正解だった。自信があったので、がっかり。

思えば、ドラえもんのせいで、僕は理系にはいったのだ。本当は、文系なのに・・・。理科大なんかに入っちゃったのも、全部ドラちゃんのせいだ!

ポンコツあおタヌキめ!責任とってよ!押入れに閉じ込めるよ!ドラ焼き全部、食べちゃうよ!タイムマシン出してよ!出さないと、ネズミだすよ!

ぼくは、小学生のころ、ドラえもんの不思議大探検シリーズをぼろぼろになるほど読んだ。なつかしい。また、映画「Back To The Futere」のドクにも憧れた。(そのため、発明家になろうとし、去年は理科大の物理学科を受けた。なぜなら、ドクも物理学科出身だったからだ。)

かつての僕には、理科に対する強烈な憧れがあった。ロマンスがあった。希望があった。本気で、科学者になろうと思ってた。なぜか、不思議なことに触れると、胸がどきどきしてくるのだった。僕にも、そんなピュアな時代があったのだ。

今は、科学とは無縁の生活。なんだか、淋しい。(しかも、何をまちがえたか、消去法で、数理情報科学なんて、意味不明なものをやるはめになった。僕はいまだに、この学問が何をするのか知らない。わけもわからず、数学をやらされている。これはたいそう苦痛だ。僕の人生は、いつの間にか、思いも寄らないような方向へ進んでいっている。運命よ、呪われろ!)

中途半端に大人になっている。小さいころは、こんなこと、まったく考えなかった。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1434855 (地道な宣伝活動)毎日が楽しさと、不思議に満ち溢れていた。僕の人生のピークは、小学校二年生だろう。山場は過ぎ去った。あとは、くだるだけだ。エッチラ、ホッチラ・・・。やれ歩け、それ歩け!断頭台への行進だ!(BGMは幻想交響曲)

きつねくん「そ~ら~を自由に、とびたいな~」ドラちゃん「はっ?大学生にもなってなにいってんの?現実をみなよ」

もはや、夢も希望もない・・・。

ああ、子供のときに戻りたい!子供に憧れる!らくだのような忍耐力と、獅子の強さと、幼児の想像力がほしい!精神の進化の最終段階は、幼児の精神である!マーラーの交響曲第五番なのである。

「幼児は無垢であり、忘却である。新たなはじまり、戯れ、おのずから転がりでる車輪、第一運動、聖なる肯定である」

久々の登校にもかかわらず、悪質ないじめを受けるきつね(2006年10月17日09:34)

こう、毎日家にいるのも、よろしくない。一大決心をして、12日ぶりに大学へ行った。

キャンパス内は、閑散としていた。「みんな、かくれんぼでもしているのだろうか・・・?」

教室に着いた。なんと、中から鍵がかけられていて、入れない!「?!、なんなのだこれは!!悪質ないじめだ!」


体育祭

クラシックの滅亡(2006年10月15日22:40)

最近、クラシック音楽がつまらない。正直言って、あきた。

近頃は、もっぱら大音量、大迫力を追い求めてCDを聴く毎日である。腰をぬかすような強音、とんでもない音の嵐に翻弄されたい、圧倒されたい、メチャクチャにされたい、という妖しくもマゾヒスティックな夢想に突き動かされ、CDをかける。

そこには、かつて求めていた、精神性なんてものは、微塵もない。そもそも、クラシックにはまったのは、音楽に精神性を見出したからであった。精神性のないクラシックなんて、気の抜けたサイダーと同じで聴く価値なんてない。ロックやポップスとかわらない。音楽を聴いていても、ものを考えない。ひたすら、快感だけを追い求める。CDだって、聴きたいものはたいてい図書館に行けば二週間以内で、しかも無料で、手に入る。(クナッパーツブッシュはないけれど・・・)そして、著作権を無視してコピーしてしまい、自分のものにしてしまう。そうやって、今まで膨大な数のCDをコピーして、保管してきたが、たいていのCDはそう何度も聞きなおさない。集めることが、目的化している。オタクになりかけている。このことをアノルドは痛烈に批判する。

「音楽は物象化され、所有物となる」

クラシック音楽は、商業主義と結びつくことで、滅びかけている。音楽は情報となり、オリジナルとコピーの境界がなくなり、オリジナルの権威は失墜する。価値は希薄化する。音楽は、消費の対象になり、感覚的なもの、刺激的な興味の対象になる。

許光俊という批評家はクラシックをこう定義する。

「いまあるものでなく、ないものに対する憧れ。二元論とか弁証論とか終末論とか、世界の見方・とらえ方・考え方を内在する音楽。娯楽や刺激ではなく、真理を追及しようとする一種の宗教。(このくだりに共感して、僕はクラシック音楽教を作ろうと思った)」

いまのぼくはどうであろうか。大量のCD、コンサートはたしかにありがたい。しかし、そこにはもはや憧れはない。かわりにあるのは、欲望である。指揮者の聴き比べ。名盤の聴き漁り。大量のCDをコピー、収集することによる所有欲の充満。そこには、かつてのような憧れは存在しないのだ。ベートーヴェンの苦悩に共感し、チャイコフスキーのメランコリーに心を打たれ、ブラームスの孤独に同情するような僕は、どこかにいってしまったのだ。

悲しいことだが、僕の中では、クラシック音楽は滅びてしまった。うつである。絶望である。僕は、もうクラシックをあまり聴かないだろう。

💡クラシック滅亡論と宗教としてのクラシック - 許光俊

万国の労働者よ団結せよ!!(2006年10月12日01:37)

シモーヌ・ヴェイユという哲学者がいる。高校の教師をしていたが、彼女は、突然、労働と労働者を知るために、女工として工場に飛び込んだ。しかし・・・

「ひどい疲れのために、わたしがなぜこうして工場の中に身を置いているのかという本当の理由をつい忘れてしまうことがある。こういう生活がもたらす最も強い誘惑に、わたしもまた、ほとんどうちかつことができないようになってしまった。それは、もはや考えることをしないという誘惑である。それだけが苦しまずにすむ、ただ一つの、唯一の方法なのだ。(工場日記)」

「服従よりもさらに進んで、何事もあきらめて受け入れられるようになっていた(同著)」

「工場で尊厳を与えられているのは機械のほうで、代替可能なのは自分なのだと思った。」

僕は、今日、初めてアルバイトをした。日雇いで、工場で働いた。僕は、理科大の懸賞論文を書こうと思っている。テーマは、「21世紀の科学は良心に向かう」。十万を手に入れて、ウハウハしたいと思っている。しかし、机に向かっていても、何も思いつかなかった。実際に、資本主義社会の、科学の発展がもたらした害悪を、この身を持って、体験してみなければ、いつまでも真実を知ることはできないのである!観念主義など、くそくらえだ!とびだせ、きつね!!

というわけで、まずはルンルン気分で、ゆりかもめに乗ってお台場に行った。工場がたくさんだ。液状化現象がまぶしい!東京湾も空も、青々をしている。わー、すごい爽快感!しかも、交通費はただ!なんだか、旅行みたいだなぁ。学校サボってこんなことしてていいのかな。わーい。

集合場所に着いた。明らかに、リストラにあったような、惨めなじいさんがうようよいた。今大流行の(?)、フリーターもたくさんいた。えーっ、僕はこんな人たちと一緒に働くのか・・・。まあいいや、僕は昨日までニートだったし・・・。大学なんて、ほとんどサボってるし・・・。

工場につき、早速作業開始。僕に与えられた仕事は、ベルトコンベアーで運ばれてくる文房具を、ひたすら梱包することだった。はじめは楽しかった。しかし、そのうち、なれてくると、飽きてきた。こんな作業、サルにでもできる。何で僕はこんなことをしているのだろうか。何のために、僕は去年血反吐を吐きつつ勉強したのだろうか。次第に、うつになってくる。だんだんと、足と腰が痛くなってきた。疲れて、へろへろのぱあ。あたりまえだ。4ヶ月前は、30分も立ってられないほど、へなちょこだったのだ。電車にも乗れなかったほど病んでいたのだ。足腰が弱いから、立ってられない。しかし、周りの人に聞いてみると、「へ、こんなのたいしたことないよ」なんていってやがる。むかつく。

つらい、本当につらい。僕は、ロボットのようになったかのようだった。ひたすら、与えられる荷物を処理するのだ。これが、資本主義社会の歯車として働くことなのか!これが、機械に征服されるということなのか!この空間では、人間は疎外され、人間は機械に奉仕し、つまり、機械の奴隷なのだ。

僕は、論文のテーマを考えようと試みた。なぜなら、フランクルという心理学者は、アウシュビッツの収容所にいるとき、論文を頭で考えることによって、理性を保ったそうだからだ。しかし、それは明らかに、無理だった。僕は、すぐに、考えることをしない快楽に負けてしまった。次に、歌を頭の中で、歌うことにした。これは、去年、駿台の東大実戦の現代文を受けたときに、問題になっていたことを覚えていたからだ。歌は、仕事にリズムを生み出す。僕は、稼いだお金でワーグナーのオペラ(トリスタンとイゾルデ、指揮はクライバー)を買おうと思っていたので、頭の中で、その音楽を再現してみようと試みた。しかし、それも無駄な試みだった。ものを考えることはできなかった。 けど、ワーグナーは、労働者と学生の味方なのだ、ということを思い出して、すこし元気が出た。

かくして、僕は完全に機械に服従した。僕は、つらさに耐えつつも、ひたすらに、何も考えずに、働いた。働くことが、こんなにつらいことだとは知らなかった。涙がにじんできた。けど、周りに悟られないようにこらえた。

ラダイトしたくなってきた。「万国の労働者よ、団結せよ!」と叫んでみたくなった。社会主義革命を起こしたくなってきた。資本主義よ、黄昏はじめよ!機械文明よ、呪いあれ!!

ああ、悩ましき大学生(2006年10月09日00:46)

先日、友人二人と夜の街を歩いていた。そのときの会話・・・

A君「ああ、これからどうなるんだろう。十年後の自分がまったくわからない」B君「そんなことより、今をがんばることが大事だよ」

彼らには、夢がある。だから、夢に向かって努力すればよいのだ。

翻って、僕はどうだ。夢がない。今のまま、理科大で一生懸命数学を勉強しても、将来にはまったくつながらない気がする。僕はオタクになりたくないのだ。

ニーチェはこういった。「何故生きるかを知っているものは、ほとんどあらゆる如何に生きるか、に耐えるのだ。」

きつねはこういう。「なぜ勉強するかを知っているものは、ほとんどあらゆるいかに勉強するかに耐えるのだ。」

まじめなぼく(2006年10月05日16:05)

今日、微積の大学院生からからこんなことを言われた。「君、まじめだねぇ」なるほど、いまどきシャツをズボンの中に入れて、ベルトをしているなんていう、品のある学生は僕くらいしかいないのだ。

しかし、すぐそのあとに先生が、僕の足を見ながらこんなことを言われた。「いや、まじめじゃないねえ」なるほど、いまどきビーチサンダルを履いて大学にいくような学生は僕くらいしかいないのだ。

そのあと、教授のところにテストを取りに行った。答えがあっているのに、バツにされていた。何でも、書き方がまずいのだそうだ。

そして、貴重なお言葉を頂いた。「君、参考書は参考にしちゃいけないんだよ」なるほど、そのとおりだ。普通に考えてはいけないのだ。参考書のとおりに解答を作ると、点がもらえないのだ。

これから、池袋演芸場にいって、笑ってきます

mixi好き(2006年10月04日10:38)

最近、ミクシィのコミュニティを見るのにはまっている。たまに書き込んだりもする。

そんな今日も、ミクシィサーフィンをしていたら、大学にいくのを忘れてしまった。

まあいいや。二十一世紀だし・・・。地球は相変わらず回り続けてるし・・・。太陽はさんさんと輝いているし・・・。

桜の森の満開の下(2006年10月04日09:16)

一般教養の文学がやばい。

今回読むことになったのは、坂口安吾の「桜の森の満開の下」という作品。

プリントにして5枚という、短さだったので、授業中に読みきってしまった。授業ではこれを3ヶ月かけて読むらしい。

感想「エログロ」やばい。エロい。グロい。こんなものを、授業中に扱っていいのだろうか。さすがは大学の国語である。高校とはレベルが違う。授業が終わったあと、僕は教授に感想をいいにいった。「エログロです。まるでサロメみたい。」すると、教授は、「この作品には、ほとんど性的な表現がない、珍しいものなんだよ」と落ち着いた様子でいった。

前期の文学は、3ヶ月かけて言文一致運動を解説していたので、僕は「このじじい、頭おかしいんじゃないのぉ?」と思っていたが、やっぱりおかしかった。尊敬の念すら抱いてしまった。わくわくしてきた。

断眠療法(2006年10月03日02:56)

抑うつ気分満点の、マーラーなぼくは、

現在断眠療法中。うつ病患者には、これが効果抜群なのだ。

というわけで、現在は意味もなく、元気。理由もなく、笑いがでてくる。うふふふふ。(これを世間では、キチガイという)夜ふかしって楽しいなあ。うひょひょ~~~。

そういえば、今日は大学があったっけ。なんだか、今寝てしまったら、お昼までぶっ通しで寝てしまいそうでこわい。やっぱり、鬱限無、鬱限無・・・。

マーラーな気分(2006年10月02日22:06)

マーラーな気分です。

もう、マラマラって感じです。マーラで、マラーで、マララッラーです。マラっとなって、マーマララーですそれから、マッマッマラで、マーマーラです。あと、マラマラマラです。

巨人が復活し、悲劇的な夜の歌を歌い、千人の交響曲で、大地の歌です。

もう、ママラマのマラです。マーラーすぎて、マラマです。

つまり、マーラーです。

鬱限無(2006年09月28日14:07)

鬱な内容なので、そういうことに嫌悪感を抱かない人だけどうぞ。

えー、お笑いを一席

隠居「鬱限無というのがあるがどうかい」八五郎「なんでい、鬱限無ってのは」隠居「鬱なこと限り無し、とかいて鬱限無というんだ」八五郎「へー、そうかい。そいつはちょうどいいや。

計算機科学のテストに三十分遅刻、それ、鬱限無、鬱限無、

テストは全て持ち込み可だと勘違いしていた、それ、鬱限無、鬱限無、

当然、絶望的な結果になった、それ、鬱限無、鬱限無、

留年まっしぐら、それ、鬱限無、鬱限無

頭痛がしてきたので、三限はおさぼり、それ、鬱限無、鬱限無、

バファリンを飲んで、布団を敷いて、お昼寝だ、それ、鬱限無、鬱限無、ごぼうのすりきれ、海パン水泳・・・」

八五郎「おうおう、どうしたい。それじゃあ、ちょいと見せてみろ、どこだいどこだい・・・なんだ、どこも鬱じゃないじゃないか。」金ちゃん「え~んえん。あんまり寝すぎたから(13時間)、鬱が引っ込んじゃった~。」

おあとがよろしいようで、

靖国への挑発(2006年09月27日18:29)

今日は靖国神社に行った. しかし、参拝しなかった. 代わりに、靖国神社に向かって放屁した.

えっへん。

音楽は人々の精神から炎を打ち出さなければならない(2006年09月26日23:39)

🔖オペラ

僕は今まで生きていてよかった。この世にこんな幸福が存在したとは知らなかった。

きつねはとうとうオペラを見に行った。一年間、ずっとあこがれ続けた、オペラを見に行った。作品はヴェルディ作曲、アイーダだ。

今日の日記はその感想を、さも自慢ったらしく、書いてみようと思う。

「オペラって何を着てけばいいんだろうか・・・」ふとこう思った。そこで、散々悩んだあげく、普段は野暮のかたまりのきつねも、今日ばかりは、とびっきりのおしゃれをした。「これで僕も、上流階級の仲間入りだ。うふふのふだ。」

練馬文化センターに着いた。僕のオペラに対するかわいい憧れは早くも崩れた。なんと、来ている連中が、じじい、ばばあばかりなのである。学生は僕だけなのである。正直、ショックだった。「えっ、紳士淑女はどこにいるの?きらびやかなドレスを着たおねえさんはどこにいるの?かっこいい、オールバックのジェントルマンはどこ?」ダサい、ダサすぎる。何もかもが、僕の理想と違う。理科大で一番ダサい(と思う)僕でさえ、そう思うのだ。「じじい、リュックサックはやめろ!」

第一幕が始まった。さすがはロシアのオケ。予想はしていたが、音がバカでかい!いいぞ!音色は、いい意味で雑である。無骨である。力強い。こりゃ、凱旋行進曲は期待十分だ。

早速、テノールのアリア「清きアイーダ」が始まった。僕は、予習でドミンゴのアリアを聴いていたので・・・きつね「なにこいつ、たいしたことないじゃん。音がこもってるよ・・・」僕は早くも批評をはじめた。すると・・・「ブラヴォ!!」なんと、ぼくの隣に座っているじじいが突然叫んだのである。しかも、ホールの中で叫んだのはこいつ一人だった。なんだか、こっちまで恥ずかしくなった。

次、ソプラノがアリア「勝ちて帰れ!」を歌った。きつね「いや~、さすがはロシア。ドラマチックだね。しかし、こいつは弱音がだめだ。繊細さにかける・・・」すると、突然・・・「ブラヴィ!!」きつね「なに~~~!!やつのどこがいいんだ。このじじい、調子に乗りやがって。耳が悪いんじゃないのお?叫べば通だと思ってんのお?」

第二幕。凱旋行進曲。ここで、僕の体に信じられないことが起こった。体中が燃えるように熱くなってきたのだ!!そして、涙が止まらなくなった。

炎が打ち出されたのだ!!

演奏は決してよくない。しかし、涙がとめどなくあふれてくる。これは、もう理屈ではないのだ。理解不能だ。それは、一年間あこがれ続けた、オペラに触れる感動!救いようもなくうつな自分が、解放される感動!みんなが、必死になってひとつの音楽を作り上げていることに対する感動だった。音の迫力がすごい。聴いた音が、そのまま涙となり、僕の目からこぼれ落ちる。わけがわからなくなる。忘我のひと時。至高体験。燃え上がる感動・・・。

僕はそのまま、幕切れまで、ぶっとーしで泣きつづけた。

これだからこそ、僕は音楽を聴くのである。音楽は、炎が打ち出されなければならないのだ!この定義に沿えばこそ、僕は流行の歌謡曲や、ロックを徹底的に低レベルなものとみなすのだ。バカにするのだ。この感動は、クラシック(オペラ)でしか得られない。音楽は、僕に安心と幸福を与えてくれる。どんなに不幸な時も、僕を慰めてくれる。なればこそ、クラシックは宗教になるのである。

もっともっと、オペラは、人気になってもよいと思う。ある本ではこんなことが書いてあった。「サッカーは擬似戦争であるが、オペラは擬似SEXなのである。」ワールドカップがあれだけ盛り上がるのだ。オペラだって、もっと盛り上がってしかるべきである。オペラで、みんな、はぁはぁしてしまえばいいのである。

どうでもいいことだが、僕は練馬文化センターで指揮をしたことがある。しかし、きつね率いる大泉第二中学校2年B組合唱団と、ウクライナ国立合唱団とでは、アリとゾウさんの差であった。比べることすら、おこがましい!わぁ、踏まれちゃう。プチ。

(元きつね合唱団の一員だった、きらねこさん、ユキヒラさん、らりるれろさん、覚えてる?もうあれから5年が経つんだよ!なんて、時間が流れるのはあっという間なんだろう!「ポプラの木には・・・♪」)

精神病患者(2006年09月25日14:04)

最近大学が気になりだしたので、ちょっと行ってみることにした. しかし・・・持病が発生した. 「大学に近づいてはいけない病」

というわけで、今日も図書館に直行. 志ん生のCDを見つけた.(わーい)

それにしても、学校っていつから始まるんだろう?多分、あと二、三週間後くらいだな。

大学イモでも食べたいな(2006年09月21日21:15)

パンパカパ~~ン

きたるべき9月26日、ぼくはオペラを見に行くことになりました。しかも、生まれて初めてです。今から楽しみでしょうがありません。なにをみるかといえば、ヴェルディのグランドオペラ、「アイーダ」です。なんと、ウクライナのキエフからぼくのために来てくれるそうです。

なんとぼくは幸運なのでしょう!

(パチパチパチ、めでたいねぇ)あっ、どうもありがとうございます。

というわけで、明日は図書館に行き、CDをかりて予習しなきゃ。

そういえば、ほかの人の日記を見てみると・・・「わっ、もうすぐ大学だ!」「レポートが終わってない!」

ところで、大学ってなんですか?そりゃ、たべられるものですか?

いじめ(2006年09月19日14:45)

今日はとんでもないいじめにあった。集団リンチにあった。どうしてこんな目にあうのだろう。ぼくは何も悪いことをしていない!

ぼくはこう叫んだ。「やめてよ!ひどいじゃないか!」すると、こういわれた。「うるさい。お前なんか黙って吸われてしまえばいいんだよ!」

かゆかった。思わず、涙が出てきた。こんなのって、あんまりだ。

結局、19ヶ所も蚊に刺された。

そして伝説へ・・・(2006年09月17日21:11)

お母さん「きつね君、朝ですよ。おきて。お城で王さまがあなたのことを呼んでいるのよ」

城へつく。

王さま「勇者よ!きつね帝国の命運は君にかかっている。こんこん山に住むドラゴンをやっつけてくれ。見事やっつけられたら、お姫様と結婚させてやろう。」

町をでる。

きつね「そうか、ぼくは勇者なのだな。なんだかうれしいな。」

「・・・・。」

しばらく歩く。今日は雨が降っている。

チャラララ・・・・情報数学基礎演習の問題のむれがあらわれた。

>きつねのこうげき!問題Aに30のダメージ!問題Aをやっつけた。>問題Eはようすをみている。>きつねはとびひざげりをはなった!問題Fに25のダメージ!問題Fをやっつけた。>問題Cはらりほーをとなえた。きつねはねむってしまった。>きつねはねむっている。>きつねはめをさました。>きつねはさみだれぎりをはなった!>問題B,C,D,E,Fをやっつけた。>問題Gはふしぎなおどりをおどった。MP(精神力)が5下がった。>問題Gがどうしてもたおせない。きつねはバシルーラを唱えた。問題用紙は遠くに飛ばされた。

情報数学基礎演習の問題のむれをやっつけた。 12の経験地をてにいれた。6ゴールドてにいれた。

きつね「なんだかつかれたなあ。」

宿屋についた

おじさん「一晩7ゴールドになります。」きつね「ええ!ぼく6ゴールドしか持ってないよ!」

ふたたび旅にでた。

チャララララ・・・計算機科学の問題のむれがあらわれた。>きつねはメラゾーマを唱えた。問題Cに120のダメージ。問題Cをやっつけた。

予想以上に手ごわい・・・

>きつねはザキを唱えた。問題Hにはきかなかった。>きつねはとおぼえをあげた。わぉーん。どこからともなくきつねのむれがあらわれた。問題Bに60のダメージ。問題Bをやっつけた。>問題Aはザオラルを唱えた。問題Bにまちがいが発見された。>きつねはシャープペンシルをふりかざした。なにもおこらなかった。>きつねはミナディンを唱えた。しかし、仲間がいなかった。>きつねはギガシュラッシュをはなった。しかし、MPがたりない。>きつねはうまのふんをにぎりしめた。ゆうきがわいてきた。

きつね「なんだかおなかがすいてきた。いえにかえりたい。」

>きつねはせいなる聖水を飲んだ。MPが15かいふくした。>きつねはキメラのつばさを空へ放り投げた。しかし、戦闘中にはつかえない。

きつね「もうむりだよ!これまでだ!」

>きつねはメガンテを唱えた。

>きつねはいきたえた。

つづく

ああ神よ、我を救いたまへ・・・(2006年09月16日05:10)

こんなコミュを作ってみた。

「クラシック音楽教」

内容「クラシックは宗教だ!

コンサートホールは聖域指揮者、演奏家は伝道師、僧侶作曲家は創造主、神

バッハを褒めよ! ベートーヴェンをたたえよ!

ぼくらの、旧約聖書は、平均律クラヴィーア曲集新約聖書は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ32曲 だ!

さあ、同士よ集まれ!世界の中心でクラシックを叫ぼうではないか!」

しかし、誰も入ってくれなさそうなので、削除した。一時間の栄華だった。世界宗教の夢は崩れた。

(ついでに、それを利用することで、きつね帝国をつくり、世界征服をたくらんでいたが、その夢はもろくもついえた。人類の絶滅の危機は運よく避けられた。)

ああ、むなしいなあ・・・。

驕れるものは久しからず ただ春の夜の夢の如し

🎹クラシック音楽教

mixi嫌い2(2006年09月15日11:10)

またもや、いやなことがあった。

mixiは嫌い。ネットも嫌い(怖い)。虚構性が気に食わない。むなしさを感じてしまう。パソコンも嫌い。したがって、数理情報科学科も嫌い。ついでに、数学なんて大がつくほど嫌い。

というわけで、こんどこそ、mixiにはあまり顔を出さないことにする。長らくお世話になりました。

むか~(2006年09月13日18:12)

ツネ様あちゃ~、始球式ワンバウンド http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=86852&media_id=8

何がツネ様だ!ちょうしにのっちゃって。同じ「ツネ」として、これは聞き捨てならない。僕は、一回もそんなこといわれたことがない!だいたい、ネット裏のツネギャルって何だ!

マスコミに反旗をひるがえせ!(2006年09月12日00:58)

今日、書店にぶらりと立ち寄り、雑誌「SAPIO」をはじめて買った。SAPIOというのは、国際情勢を扱うインテリ系雑誌なので、なんだかレジで買うだけで、自分がかっこよくなったような気がした。ところが、買うのに緊張して、声が裏返ってしまった。(はたから見れば、かっこ悪いやつだなあ)

何を隠そう、小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」が大好きなのだ。図書館で3週間前にはじめて「戦争論」に出会い、それ以来、毎日のように読んでいる。もう、いわゆる、はまってしまった。

もちろん、SAPIOのお目当ても、ゴー宣だ。それ以外は、読むわけがない。心をうきうきさせながら、早速読んだ。リアルタイムの連載にふれて、それだけで、胸が熱くなった。こんなことが書かれていた。

「今のメディアにはもう何も期待はできない。

わしは今までインターネットで保守を名のる者を批判してきたが、あえてそのネットの者たちに共闘を求めたい。彼らに期待する。

わしの『ゴー宣』は、このとおり描いて発売まで3週間もかかる。

今後、講和条約第11条の件でデマを流している知識人がいたら、ただちにネットで攻撃してくれ。

わしはインターネットの使い方は不得手だ。どんなやり方があるのか知らんが、東京裁判の呪縛から日本を解き放つために、ネットを最大限利用してくれ!

わしの限界を超えてくれ!

安倍晋三に同調圧力を高めるものをネットで批判せよ!

安倍晋三支持を訴えているわけではない。

マスコミに反旗をひるがえし、同調圧力を破壊せよ!

暫く!

暫く!

しばらぁら・・・

暫くかましてよかですか?

日本国内にだけ戦犯を求め、死者の墓を暴いて鞭打つ「東京裁判史観」の呪縛を解き放て!

講和条約第11条を「裁判受諾」とする見解は、河野洋平が慰安婦の「強制連行」を認めたのと同様の、サヨクに洗脳された者らの売国行為である!

この考えは右傾化とは全く違う!

講和直後の社会党も含む日本人の考え方と同じなのである!!」

よくわからないけど、なんだかマスコミをバッシングしてみたくなった。マスコミに反旗をひるがえせ!というわけで、こんなコミュに参加してみた。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1226096 おっとまちがえた。こんなコミュではマスコミと戦えない。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1297213

なんだかわからないけど、批判したい。そのためには知識が必要だ。僕は、ゴー宣に出会うまで、政治や歴史の興味がほとんどなかった。自分に関わらない、無駄なものだと思っていた。それは誤解だったのだ。

僕は、日々の生活になんとなく虚しさを感じているが、その原因は、社会に関わっていないことから生じるのではないか?よしりん風にいえば、「私」の精神が強すぎてしまい、「公」の精神が抑圧されているのだ。

また、僕は自分に自信がないからこそ、国や政治など、スケールの大きいことを考えたがるのかもしれない。そうすることによって、自分を等身大で考えなくするのだ。このことは、よしりんが「カルトにはまっていく若者と同じ!」と批判していたが、まさに僕はそんな感じなのだ。しかし、今までが興味が0だったのだから、最近になって少しくらい興味を持ちすぎても、そうすることではじめてバランスが取れるはずだ。

自己批判はこのくらいにして、とにかく、最近急に、社会に興味がわいてきた。社会に関わりたい!そのためには、ネットを通して、議論に参加することが僕には一番適切だろう。そのためには知識がなければならない。勉強だ。勉強が必要だ!

きつねくん!勉強しなさい!

義経千本桜(2006年09月09日23:57)

きつねは義経になった。

以前、日記上で「天皇に足を向けて寝ろ!」なんて書いたばっかりに、天皇の怒りを買い、朝廷から追討命令が出された。

どうする、義経、殺されてしまうぞ!

悩んだ末、東北に逃れることにした。現実逃避のたびに出た。お供は、弁慶・・・ではなく、僕の祖父。静御前はもちろんいない。(一体、いつになったら現れるのだろう?)持ち物、頭痛薬、抗うつ剤。へなちょこきゃらの義経は、途中何度も倒れそうになりながらも、何とか平泉に就いた。(実際はやまびこ号と観光バスでスーイスイ)

平泉では追っ手の追撃を華麗にかわし(?)さらに北を目指した。宮城、岩手、秋田、青森、と東北地方を縦横無尽に駆け巡った。

しかし、最後に東北地方のはてについてみて、平泉では殺されなかった義経も、東北地方の田園風景の退屈さに殺されそうになり、温泉につかり、のほほんとしながら、「僕の人生もここまで・・・」と悟った。ついでに、ラジオをつけたら、絶望と死の交響曲として悪名高い、マーラーの交響曲第九番がやっていて、その思いは決定的となった。

覚悟を決め、ひたすら南下。仙台に着く。そこで、神の天罰(震度三の地震)に会い、びっくりする。暇だったので、仙台で、生まれて初めて名物ずんだもちを食べる。

「うー、まずい!」

完

薬物中毒、そして皆様にお別れのご挨拶(2006年09月07日21:33)

「うー、ふー、薬がほしい!薬をくれー!」

僕はもはや、薬に頼らなくては生きていけない、ざこきゃらになってしまいました。(HP5、MP1)

この一週間は原因不明の頭痛に襲われていて、人間的な日常生活を営めていません。布団から立ち上がることができないのです。(そのため、mixiの日記はかなり更新中)

このままでは、大学にもいけず、働くこともできず、今日本で大流行中の引きこもりになってしまいそうです。

本日は今までで一番薬物を摂取した日となりました。・Sカップ    100ml   (栄養ドリンク)・ブルフェン  200mg   (   ? ) ・ノイチーム  90mg    (   ? ) ・  ?    1錠    (   ? ) ・バファリン  2錠   (解熱鎮痛剤+やさしさ)・アリナミンF 40mg  (栄養剤)・  ?    10mg  (自律神経安定剤)・パキシル   20mg  (抗うつ剤)・ロキソニン  60mg  (解熱鎮痛剤)・セルベックス 50mg  (胃腸薬)・マイスリー5  5mg  (入眠剤)おまけ・缶コーヒー       (カフェイン)・缶ビール        (アルコール)

きつねだって、一応人間です。はたして、人間はこんなに薬物を摂取して、生きていけるのでしょうか。寝たら最後で帰らぬ人になっちゃったーなんて、しゃれにもなりません。

僕には、分かるのです。もう、余命がいくばくもないことが・・・みなさま、僕とのしばらくのお付き合い、ありがとうございました。お迎えが来たようです。

きつねくんは、お稲荷さんになり、どっかその辺の神社に祭られる予定です。(お賽銭はたくさんよろしく。一人1000円、ローンも可)

ああ、入眠剤が効いてきた。意識が遠のいていく。さよなら~~~・・・・。

天皇に足を向けて寝ろ!(2006年09月06日20:20)

■紀子さま男子ご出産、皇室41年ぶり(読売新聞 - 09月06日 08:51)

紀子さまに男子が生まれたそうだが、そんなことはどうでもいい。

僕の先祖は、西南戦争に参加して、天皇から逆賊の汚名をかけられ、負けた。

そして、僕のお父さんは、僕によくこういう。「我が家は天皇の敵なんだ」「天皇に足を向けて寝ろ!」「靖国神社に足を向けて寝ろ!」

うちの新聞は朝日新聞、朝のニュースはNHKの「おはよう日本」で、結構な左翼の家庭だ。

しかし、そういうこと一切含めて、どうでもいい。興味がない。先祖だって、どうでもいい。大体、子供が生まれたからって、それが僕の生活にどうかかわるのだ。僕を幸せにしないことなんか、一切無駄だ!

お母さんは、紀子さまご出産のニュースを見て、やけに興奮して喜んでいた。まるでサルみたい。ばかじゃないの?

📜靖国に足を向けて寝ろ

きつねの黄昏(2006年09月05日09:55)

プチワグネリアンであるきつねは、今日、朝おきたら家族が誰もいなく一人だったので、ワーグナーの楽劇「ジークフリート」、「神々の黄昏」をDVDで見た。指揮はレヴァイン、オケはメトロポリタン歌劇場管弦楽団。見ているうちに、調子に乗ってきた。そして、大音量にして、テノールのジークフリートのまねして歌いだした。ついでに演技までまねした。そのうち物足りなくなり、ソプラノのブリュンヒルデの部分も歌いだした。おまけで、指揮者のまねもして、一人三役で、朝から一人で家中を暴れまくった。ワーグナー最高!そんなことをしていたら・・・、いつものがきた。頭が痛い。貧血だ!もう動けない!ふとんに倒れこんで立てなくなってしまった。僕、この体はもういやだな。何でいつもこうなのだろうか。今日も、こんな感じで一日が終わってしまうのだろうか。うううっ・・・。

きつねの夏休みよ、黄昏はじめよ!光り輝く愛!笑いながらの死!

🔖ワグネリアン

奇跡体験アンビリーバボー(2006年09月04日20:14)

今日、現実では考えられない出来事が起こった、それは・・・

朝の六時に目が覚めたと思ったら、夜の六時だった。思わず、ムンクの叫びになった。

💭1日が2倍になる秘密の方法は日の出と日の入りに勉強カフェに行くこと(24//04/10)

響け、生命の角笛!(2006年09月02日22:59)

今日はコンサートに行った。曲は、マーラーの交響曲第五番。指揮は外山雄三、オケはNHK交響楽団。

幸せな気分になった。特にフィナーレのトランペットは圧巻。身体がよじれ、とろけちゃう。もう、メロディーがかわいくって、萌え~~。「とまれ、お前は美しい」と叫びたくなった。歓喜が内面から炎のように湧き上がってきた。

おもうに、僕には刹那的快楽はいらない。マンガもテレビもいらない。友達とのおしゃべりも、遊びも、笑うことも、はしゃぐこともいらない。旅行も、ぜいたくも、ごちそうもいらない。(落語は別だけどね)

僕に必要なのは、すべてを忘れるような、至高体験だ。忘我の境地に至るような、存在することそれ自体がうれしいような、内面から歓喜が炎のように打ち出されるような、全身が幸福感で包まれるような、「お前は私の気に入った。幸福よ、刹那よ、瞬間よ」と叫びたくなるような、そんな瞬間だ。

そして、そのような瞬間を再び体験したいがために、今日も一日がんばろうとおもうのだ。それが、うつな僕を突き動かす、強力なエネルギーなのだ。そして、至高体験こそが、人生の目的であり、僕の生きる理由なのだ。

酒とともに去りぬ(2006年08月31日18:12)

落研の夏合宿は楽しかった。海で遊んで、昼寝して、モノポリーをして、よく分からない理由で酒を飲まされて、2回くらいしすい先輩の空のコップと僕の満杯のコップをこっそりと交換したりして、プロレスでいじめられて、その仕返しに物件カードを結構盗んだり、銀行のお金を自分のお金同様に扱ったり、最後には意識不明になり、気づくと押入れで眠っていた。僕ってまるで、ドラえもんみたい。

死んじゃうよ~~~(2006年08月26日22:55)

今日、ドボルザークの交響曲第九番(新世界)を聴いた。指揮はジョージ・セル、オケはクリーブラント管弦楽団。すごい爆演だった。特に第四楽章の冒頭。息もつけず、思わず死にかけた。ああ、びっくりしたよ、まったく。

ベートーベンはいみじくも言った。「音楽は人々の心から炎を打ち出さなければならない」僕の心からは炎が打ち出された。うぁ~~、あちっ!!!

クラシック音楽を聴きながら、ときどき、死にそうになることがある。こういうのを至高体験というそうだ。超有名な心理学者、マズローは、こういった。「人類が体験する至高体験のうちで最高のものは、クラシック音楽の感動である」彼が言うのだ。間違いない。もし、自殺をするのなら、クラシックで自殺したい。

我思うゆえに我あり!!!!!(2006年08月16日21:58)

今日は(も)低血圧で、午前中は活動できなかった。まるで僕って、デカルトみたい。

便所でお尻を副会長(2006年08月14日23:14)

おじいちゃんと、新宿末広亭に行った。なんと、真打は小遊三だった。笑点で何度も見ていたので、生で見て、なんだか幸せな気分になった。ついでに、桂米助も出た。笑いすぎて、疲れた。落語の勉強になった。

どうでもいいことだけど、今日、自転車を盗んだ。それは、おじいちゃんの家の前に乗り捨てられた、放置自転車だった。おじいちゃんが「盗め」といったので、ぼくは「しょうがないなぁ」なんておもって、盗んだ。そもそも、誰かが盗んだ自転車を盗んだのだ。だから、僕は悪くないんじゃないかなぁ、なんちゃって。

じじ

mixi嫌い(2006年08月07日18:03)

今日、こんなメールが届いた。>コミュニティを荒しに来たのですか?まったく身に覚えがない。

僕は今までに3つのコミュニティに書き込みをしたが、そのうち2つが削除された。何でこんないじめを受けるのだろうか。僕が何をしたというのだ。まったく身に覚えがない。

mixiが嫌いになった。たぶん、もうあまりmixiには顔を出さないだろう。

2006年07月29日23:57

弟が、太鼓の達人でつかうMYバチを作っていた。ばかじゃないの?

うれしいな!(2006年07月28日21:16)

僕のHPに共感してくれる人が少しずつ出てきた。今日なんか、こんなメールが届いた。

「きつねさんの深い思想には非常に感心させられます。 」

うれしいな!うれしいな!どの辺が深いのか、自分でも分からないけれど、うれしいな!どんどん感心させられてください。どんどん心打たれてください。被害者続出しちゃってください。

僕の周囲には皆無だが、やはり、実存的危機を迎えている青年は世界にたくさんいたのだな。