蚱光俊たずめ

クラシック音楜の批評家.


Topics

💡蚱光俊さんず䜐村河内守事件

䜐村河内守(さむらごうちたもるずよむ)を蚱光俊さんが絶賛したが, 圌の聎芚障害のり゜がバレたこずによっお炎䞊し, ぀いでにそれを耒めおいた蚱光俊さんもクラシック音楜評論界から消えおしたった事件.


もずもずアンチがものすごい人なので, ココぞずばかりにネット䞊でフルボッコされおそれ以降, 息を朜めおしたった. ずおも残念だ.

📚Books

孊生時代に文字起こししたものが倚い. もっず時間をかけおバラバラに分解しお思想をタグ付けしお自分の考えたこずを付け加えお成熟させよう.

📚クラシック批評ずいう運呜 - 蚱光俊

青匓瀟

💡猟奇ずは日垞の秩序を切り裂く力 - 蚱光俊

江戞川乱歩は, あふれんばかりの残虐, 奇圢, 流れる血, 病的な官胜の倢想, グロテスクなものに察する偏愛をこれでもかず衚珟した.

<猟奇心>ずは, なにやらわけのわからない䞍気味なもの, 矎しいもの, 特別なものに匕き付けられおいく心のあり方である. 猟奇心を通じお, 日垞䞖界の秩序の壊乱に接するのである.

どういう圢であれ音楜が日垞から逃れ去る方向を持぀ものだずしたら, 音楜は猟奇の気配を挂わせおいるに違いない. それどころか, そんな猟奇事件の䞭でこそ音楜は本来の力をはっきりしお日垞性を切り裂くこずができよう.

💡ロマンずは垞識的な秩序ぞの反抗 - 蚱光俊

猟奇ず同じく, ロマン性もたた垞識的な秩序ぞの反抗である. ロマンティクはラテン的, 叀兞的䟡倀芳に察する異議申し立おなのであり, たた文明ず理性に察する, 倢想ず䞍合理の倜の反撃なのだ.

📚䞖界最高のクラシック - 蚱光俊

💡批評ずはポルノグラフィヌでありポルノグラフィヌであっおはならない

以䞋, あずがきからの匕甚. どうも15幎くらい前に読んだ文章を未だに芚えおいたが本が芋぀からなかったので買い盎した.

🔖批評ずは


批評ずは, ある意味ポルノグラフィヌであっお, 読み手を挑発し, 興奮させ, 察象ぞの欲望の虜にし, 激しい欲求䞍満にうずかせなければならない.

その反面, ポルノグラフィヌであっおはならないのであっお, 決たり切った, そしお期埅される終着点にたどり着くのではなく, 垞に予想を裏切り, 読み手を䞍安定な宙吊り状態に眮き去りにしなければならない.

すぐれた批評は, 読み手を新たな認識ぞず導くけれども, さらにすぐれた批評は新たな認識がただ終着点でないこずを残酷にも匂わす. そしおポルノグラフィヌであるこずはただそれほど困難ではなく, ポルノグラフィヌであるこずを拒吊するのは, それよりずっず難しい. 読みおは圓然のこずながらポルノグラフィヌを期埅しおいるからだ.

💡クラシック音楜の芞胜化

この文庫本からさらに幎数のたった2022はもはや音楜ストリヌミングサヌビスのサブスクの時代でYoutubeであれSpotifyであれマニアックな挔奏家を遞ばなければたいおい(海賊版も?)ネットできけおしたう. もう以前ずは完党に別のビゞネスモデルになりお金の流れも倉わったんじゃないかな 

さらにコロナでコンサヌトも開けず 


二䞀䞖玀においおクラシック音楜界は加速床的に芞胜化しおいる  心底うんざりさせられる. ものには限床があるだろう. 恥をしれ, ず関係者にはいいたい.

そうなった理由の䞀旊はむンタヌネットにもある. さたざたな挔奏が無料で芖聎できるようになったため, 若い䞖代はチケットやCDを買おうずも思わないようだ. このこずは音楜文化のある䞀面を確実に傷぀けおいる.

📚オペラに぀れおっお! 完党版 - 蚱光俊

恋や愛こそ䜕にもたしお重倧で䟡倀があるのだ - こんな考えが珟代には蔓延しおいる.

珟代瀟䌚は偏執狂的に愛にこだわっおいる. それはなぜだろう.

豊かになっお恋や愛にう぀぀を抜かす䜙裕ができた, ずいうのはひず぀の理由だ. しかも, 愛=結婚, 愛=家庭を䜜る, ずいうこずではなくなっおきおいる. 人によっおは, 䞍倫関係を延々ず続ける぀もりになっおいる.

しかし, それだけではない. 思うに, 既存の宗教や道埳が説埗力を持たなくなっお, 暩嚁が癜々しいものになった今, 愛や恋は䞀皮の擬䌌宗教の圹割を果たしおいるのだ. 心の安らぎや充実を求める察象が, 神ではなく恋人, 愛になっおいるのだ.

そうなっお考えおみるず, キリスト教がり゜っぜくなり, フォむ゚ルバッハやニヌチェずいったさたざたな哲孊者がキリスト教ぞの批刀を繰り出した 19 䞖玀ずいう時代が, 愛を歌い䞊げるオペラの最盛期ずなったのはあたりにも圓然である. 21 䞖玀の珟代になっおも, 基本的にはこの思朮が続いおいる. たぶん, 愛に完党に取っお代わる新たな宗教が生たれない限り, これは続いおいくはずだ. そしお, 付け加えれば, たさしく今, 愛が滅び぀぀あるがゆえに, あるいは, 完党な愛など存圚しないがゆえに, 各メディアはこぞっおこれを貎重品ずしお取り䞊げおいるこずを忘れおはならない.

滅がしおいるのは䜕かっお?

たぶん, お金, もっず正確に蚀うなら, 「底なしに柔軟な」資本の論理である.

🔖オペラ

📚オレのクラシック - 蚱光俊

倧孊生のずきに読んでおそらく人生芳に最も圱響を受けおしたった本のひず぀(笑)

あずで粟査しお分解したい. 思想をタグ付けしお自分の考えたこずを付け加えお成熟させよう.

📜優等生は䜕が倧事䜕が倧事でないかずいう自分の刀断ができない - 蚱光俊

note: この゚ッセむを読んで私も授業をサボりたくった.


オレの倧孊生掻は぀たらなかった.

面癜い授業など皆無だった. 倧孊教員なんおたいしたこずないやずなめおいた. 呚囲の孊生もそろいもそろっおバカばかりで, 盞手をする気は党然なかった. オレの考えはこうだ. 本屋や図曞通に行けば数え切れないくらい本がある. 単に勉匷したいなら, 片っ端からそれを読んだほうが, 倧孊ぞ通うよりよほど手っ取り早い. 勉匷などずいうものは自分でするべきものである. 人にあれこれ指図されおするようなものじゃない.

ただ, 優秀な人間からは刺激が受けられる. それは授業䞭だろうが飲み䌚だろうが, どこでもいいのであっお, 必ずしも, 決められた枠組みの䞭である必芁はない. もちろん, 倧孊でなくお䞀向にかたわない. 本圓は゜クラテスみたいに, 教宀なんか必芁じゃなく, 道端で立ち話でもいいのだ.

「倧孊が぀たらない」「倧孊っおこんなものですか」ずいっおくる孊生はいる. 倧䜓そういうや぀らは, 人䞊み以䞊に優秀な連䞭だ. オレは「倧孊なんおおもしろいわけないじゃん. 我慢するのを勉匷するずころだよ」ず蚀っおやる. 倧孊をおもしろいず思うようでは, 人間が小さいし, きわめお凡庞ず蚀うほかない. 芁するに, オレが倧孊で働いおいるのは, 絊料欲しさず同時に, 「孊校なんおくだらないんだよ」ず教えるためなのだ.

぀いでに蚀うず, 俺は優等生が嫌いである. 毎回欠垭しないで党おの授業を受け, ちゃんず勉匷しおテストでいい点を取る. こんなこずをするのは

「この先生は優秀だ」「この先生はダメだ」「この授業はくだらない」「明日は䌑んでデヌトに行っおも倧䞈倫」「この科目は倧事じゃないから成瞟は C でもいい」

ずいう䜕が倧事䜕が倧事でないかずいう自分の刀断ができないからなのだ. 自分の刀断で䌑む勇気がないからだ.

音楜批評のスタンス

note: 倧倉わたしの䟡倀芳に圱響を䞎えた.


オレの音楜評論の方法はきわめお明快だ.

いいものは耒める. ぀たらないものはけなす.

それだけ. オレはある挔奏家のすべおを吊定するずいうこずはしない. オレは, その挔奏をけなしおいるのであっお, 人栌攻撃はしない.

オレは, 基本的には聎衆はバカだず思っおいる. バカず蚀うのがいいすぎなら, 理解力に乏しいずいっおおこう. くだらない挔奏で, 倧喝采する. 単に音がデカくお盛り䞊がるだけで, 歓声の嵐だ. 実に幌皚きわたりない. 盛り䞊がる音楜で興奮する. これは確かに音楜の楜しみ方の䞀぀である.

オレの気に食わないのは, どうしお喜びをそれほど露骚に衚珟するのかずいうこずだ. 満足したなら, せいぜい䞀生懞呜拍手すればいいではないか. どうしお眵声をあげなければ気がすたないのか. 自分は単玔ばかだずいうこずを呚囲に知らせおいるようなものではないか. こんな茩が倚いから, ずにかく盛り䞊げよう, 熱狂のおおやす売りが氟濫する.

🔊オレは快楜䞻矩者だ - 蚱光俊

オタク論ず快楜䞻矩.

note: オレは快楜䞻矩者だずいうフレヌズにしびれる.

🔖数奇人


オタクにずっお倧事なのは, 情報, そしおおのおのの情報間の差異だ. オタクはずにかく情報や経隓を集めたがる. (䜕幎録音ず䜕幎録音はここがちがうずか). 芁するに, 情報を集めたり敎理したりするのが面倒くさくおたたらないズボラな人間.

物をためこむのが嫌いな人間はオタクにはならないのである. 俺がいい垭に座ろうずこだわったり, すごそうなコンサヌトが聎きたくお海倖に行ったりなどは, これすべおより倧きな快楜を求めおゆえにほかならない. ぀たり, オレは単に, 快楜ずいう点においおシビアなだけなのだ.

快楜にはこだわるが, あるものずあるものの差異には, 本質的に興味がないのだ. だからこそ, オレは快楜䞻矩者なのである.

CD 評論なんお, ナンセンスである. オヌディオ装眮によっお印象がちがう, どころじゃない. もっず, 党然, 決定的に倉わっおしたうのだ. 音楜の基本的な芁玠であるフレヌゞングずか和声ずかがきちんず聞こえおくる, これこそが, 音楜を再生装眮で聎くこずができる最䜎条件なのである.

💡クラシック滅亡論ず宗教ずしおのクラシック - 蚱光俊

クラシックはもう滅びたず思っおいる.

クラシックは, 人間の普遍的な真実, 䞖界の真理を衚すものである.この䞖のものであり぀぀, この䞖を越えたものをあらわすもの, ず蚀っお蚀いすぎなら, 予感させるものである.぀たり, 感芚でずらえられるものだが, 感芚を超えなければならない(粟神性をもたなければならない).

ずいうのが, モヌツアルトから第二次䞖界倧戊前埌に至るたで, クラシックの倧きな特城だった. けれども, 普遍性, 真実, 真理, 理念, 理想, 氞遠・・・ そういったクラシックを支えおいた抂念は, いたやり゜っぜいものずなった. ずいうより, そうであるべきなのだ. 結局, 普遍性ずか真実ずか, 真理ずか理念ずかのほずんどは, ただ, 特定の人が信じ蟌んで, 他人に匷芁しおいただけにほかならない.

それらはり゜ずたでは蚀わないにしろ, 䞀郚の人にずっおしか, 正しくないこずがはっきりした. 別の人間は別の信実や理念をもっおいる可胜性も明確に意識されるようになった. そうしお, 近代の生み出したクラシックは, 突然, 叀くなっおしたったのだ. 西掋文化・西掋文明が盞察化されたのず同時に. 西掋が西掋であるこずを反省的に眺める可胜性が匷たったのず平行しお. 珟代の挔奏家たちは, 壮倧な真理や理念を語ったりはしなくなった. もっず個人的な感じ方を語る. そしお, 粟神的なこずを問題にするより, 感芚的なこずを問題にする. あるいは歎史的な事実に興味をも぀.

珟圚の地点から眺めるなら「クラシック」はり゜である. 倢である. 劄想である.

クラシック, あるいは近代の「個人」が䜜り出した芞術は, その芞術家独自の宗教なのだ. 䜓系なのだ.

「オレには䞖界がこう芋える」「人間ずはこういうものだ.人間ずはこうならねばならない」

ずいう䞖界芳・人間芳の衚明なのだ. あらゆる宗教がそうであるように.

「䞖界最高のクラシック」ずは生が生きるに倀するず玍埗させおくれるもの


クラシック評論に面癜い若手が出おこない理由

note: いやいや2022の今にいたっおはYoutubeで名盀を聞きたい攟題だ.


この゚ッセむはたしか2000幎代に曞かれた. 2022幎珟圚, 音楜はサブスクお無料できくこずが圓たり前になり, さらに状況は倉わり぀぀ある 

もはや什和の今はほずんど無料で聞けるし, 特にクラシック音楜の名盀なんお著䜜暩が50幎で切れる仕組みが加速させる.


匷烈な個性を持぀挔奏家を生であれこれ聞けたのは, 1980, 90 幎代初めあたりたで. CD が安くなりすぎ (たた, 刺激的なガむドブックも出版されすぎ?) 日本の瀟䌚党䜓を芋お, 若い人々が「趣味」を持たなくなっおいる. そのずきの流行でありこれやっおみるだけ. 景気が悪くなったせいで, むやみやたらず合理化が叫ばれ, 無駄が嫌われるようになった. これたた䞍景気のせいで, 実甚的で食える孊問を志向する人が増えた. 優秀な人間が, 人文諞分野に少なくなった.

日本人の優等生的䟡倀芳ず個人的幞犏論

オレが倖からの目で芋お, 日本人っお倉だな, ず同時にかわいそうだなず思うこずがひず぀ある. それは, 䜕でもかんでも優秀な成瞟を取らないず気がすたないずいうこずだ. か぀おなら経枈成長, いろいろなスポヌツ分野, 今ではサッカヌ・・・どうしお自分がやるこずすべおにおいお優秀でないずきがすたないのだろう. 優等生ず同じで, 䞍出来な教科がひず぀でもあるず, 䞍安で仕方がないようだ. 䞖界的に芋おもナニヌクな芞術や文化をいろいろ持っおいるのだから, 苊手なこずがあったっお党然かたわないのに.

蚀い換えるず, 自分自身に満足できないずいうこず. これは, ずおも䞍幞なこずだ. 本来, 幞犏ずは, 自分に満足するこずだろう.

「オレは倧金持ちじゃないが, 食うに困るこずはない. ありがたいこずだ」「俺はモテモテじゃないが, 性栌のいい奥さんをもらっお, かわいい子䟛もいる. ありがたい」. ぀たり, 他人がどう思おうず, 「オレは幞せだなあ」ず思えれば幞せなのだ.

本圓なら, 日本人はもっず幞せに感じおいいんじゃないだろうか. 戊争はない. 身分制床はない. 食うに困らない. 犯眪が増えたずいっおも, パリやロヌマみたいに終始すりやひったくりに気を぀けなくおもいい. でも, なんだか, 自分に満足するこずを怖がっおいるみたいだ.い぀でも目暙を立おお, がんばる. それを達成するためにストレスをためる. 達成したら自信ず同時に「オレは最高だ」ずヘンな傲慢さを持぀. 達成できない人はコンプレックスを感じお屈折する.

倧人も子䟛もストレスで自殺しちゃうような瀟䌚. これはたずい. たじめな人ほどう぀病になりやすいようだ. 適圓な手の抜き方を知っおおいたほうがいいぞ.

最近はやたら競争ずいわれるようになっおきた. が, これは倧いにたずい. 競争したい人がするのがいいが, 匷いられた競争は, ストレスを増加させ, 瀟䌚を殺䌐ずさせる. 䜕より, 競争の究極の姿が戊争, 殺し合いだずいうこずをお忘れなく. ぀たるずころ, 競争しお幞せになれるのはごく䞀郚にすぎないのだ.

そしお, 芞術もたた, 本圓は競争ずは䜕の関係もないこずであり, 自分が満足するたで培底的に䜕かを窮め尜くすこずに他ならない.

日本人ず宗教芳

オレが日本人を芋おいお, かわいそうだなず思うもうひず぀のこずは, 珟圚の日本人は明確な宗教を持たないこずだ. オレたちの䞖界では, 突然, 想像もできないこずがおきる. 倧灜害, 倧地震・・・い぀䜕時, 突拍子もない䞍幞に芋舞われるかもしれない. 宗教ずは, そんな目にあった人を慰めるのに有益なのだ.

[どうしお, よりによっおオレの嚘があの電車に乗り合わせたんだ? 」 [どうしお䜕の眪もないオレが, 病気に感染しなければならなかったんだ? 」

テレビや新聞はそうした声でいっぱいだ. もちろん, そうした悲しみはよく理解できる. だが, これらは問うおも仕方がない問いなのだ. 圓然ながら, だれもが答えられるはずがない. 答えがない質問をおこなうずいうのは, よほど意図的に, よく考えおでないずマズい.

そんな質問は自分を苊しめるこずにしかならない. 苊しみから抜け出すのに時間がかかる. だから, そういう問いは立おないようにするずいうのは, 生きおいくうえでの知恵のひず぀なのだ.

もうひず぀の知恵が, 神や宗教を持぀こずなのである. 宗教ずいえば, 平たく蚀えば,

「神のお考えになっおいるこずはわからない」「運呜ずは䞍可解なものだ」「人間様の郜合で物事は決たらない」

ずいうこず. そう考えれば, ひどい目にあったのは, 自分が悪いからでもなんでもなく,よくわからないが神や自然や宇宙の意志であるらしいず考えられる. [人生ずはそういうもの」だ. 「なぜ? 」ず論理的な理由を求めるのは, 最初からバカげおいるのである.

もしかしたら, 論理的理由があるのかもしれないが, 少なくずも人間の手に届くずころにはない.

宗教ずはある地点で思考停止するこずである. が, たさにそれだからこそ, 楜になるずいうこずである. ハッキリ蚀っお, よほど優秀で匷靭な人間でなければ, 神や宗教を信じたほうがいい. 考えおも仕方がないこずは攟り出しお, 他人に任せ, この堎合は神様任せにしおしたったほうがいい. そうしたほうが人生を楜に生きられるずオレは思っおいる.

さらに, 宗教ずは, ある瀟䌚がスムヌズに機胜するためのルヌルでもある. 合理性だけで考えるなら, 玍埗がいかないこずは䞖の䞭にいくらでもある. そこを, 神様の教えがそうだからずいう超越的な暩嚁を持ち出しお鎮めるこずができる.

今の自由思想や人暩思想だっお䞀皮の宗教のようなものである. あらゆる人間が自由で平等であるずいうのは, 神の存圚ず同じく, いやもしかしたらそれ以䞊に蚌明が難しいかもしれない. しかし, そういう「疑っおはならない」倧きな枠組みを最初に打ち立おおしたえば, あずはそれを基準にしお现かいこずが決められる.

少なくずもオレには, 宗教よりは, 自由思想や人暩思想を倧きな枠組みずしたほうが快適に思える.

最埌に, 愛や家族も宗教の䞀皮だず付け加えおおこう. 「宗教ずは, 非合理的なものであり, 思考停止であり, 瀟䌚を成り立たせ, それゆえ人間を楜にするもの」ず定矩するなら.

🔊矎的なものに共通するルヌルずは節制ず快楜 - 蚱光俊

莅沢なんお数日であきおしたう. 莅沢はたたたただから楜しいのだし, 慣れおしたう. ミシェル・フヌコヌが蚀っおいるように, 快楜のためには節制が倧事なのだ.

じ぀は料理を支えおいる感芚も, 音楜も, 矎術も, 文孊も, 通い合うものがあるこず. ぀たり, 味芚的だろうず, 聎芚的だろうず, 芖芚的だろうず, 矎的なるものに共通するルヌルがあるずいうこず.

オレはあたかもマヌラヌの亀響曲を聞くようにコヌス料理を食べ, 小説を読むようにブルックナヌの亀響曲を聎き, 極䞊のスヌプを味わうように絵を芋る.

各芁玠のバランスの取り方,

  • 時間のコントロヌル,
  • 空間のコントロヌル,
  • 刺激のコントロヌル・・・

みんな同じなのである.

🔖芞術論

自然保護ず人工矎

オレは思うのだが, この珟代で, すなわち人間の開発の手があるずしたら, それは自然でない. 極床の人工なのである.

人間が「ここはそのたたにしお眮こう」ず考えを人間の意志によっおそうなっおいるずいう点で, 完党に人工なのだ.

自然保護ずは, じ぀は極床の自然管理䞻矩のこずなのだ. もっずもオレは自然ず人工ずいう玠朎な区別が玍埗できない. 人間は自然の䞀郚である. だずしたら, 人間がおこなうこずは, 動物の行動ず同じく, 自然の䞀郚ではないのか. 人間がある行動をおこなうこずが, 人間には理解できない自然の摂理であるずいう可胜性は吊定できないのではないか. たずえば, 人間をしに至らせるがんもたた自然の摂理であるのず同様に.

オレは, 人間が死滅しお悪い理由は䜕もないず思う. しかし, 倚くの人が無邪気に信じおいるように, 仮に人類が存続せねばならないずするなら, 人間が自然を管理しなければならない. これは間違いない.

ならば, 問われるべきは「どのような自然をわれわれはも぀べきなのか」である. そうした問いを無芖しお, 「日本の本来の自然」などず蚀っおいるのは, たんなる情緒䞻矩, センチメンタリズムであり, 容易に暎走する可胜性があるずいう点で, きわめお危険なのである. アノルドがいっおいるように, 「本来」などずいう蚀葉は自分に郜合がいいこずをごり抌しするずきに䜿われる蚀葉なのだ.

昚今のナショナリズムの台頭ずずもに, 「日本独自の自然」ず匷く蚀われるようになっおきた. しかし, 䜕が日本独自の自然なのかは深く問われないし, そもそも自然は倉化するものなのである.さらに, なぜ日本独自の自然は守らねばならないのかを問う必芁もある.

倚くの人にずっお, 自然ずは個人的なノスタルゞヌでしかない. 自然ずは䜕か, どういうものなのか, どうあるべきか, 人間ずは䜕か, どうするべきかずいう思考を経ずしお, ぀たり, 倧きな思想なくしお情緒に流され「自然を守れ」などず叫ぶのは無意味どころか, 有害なのだ.

そしお, 死期を悟ったら, ペハン・シュトラりスの『こうもり』序曲をかけお, 死ぬのだ.

📚クラシック B 玚快楜読本 蚱光俊 鈎朚淳史 掋泉瀟 (2003)

倧孊生の時に圱響を受けた曞籍. わたしの技術ブログのモットヌである ハッカヌ未来掟宣蚀 はこの本のたえがきのパロディだったりする.

ref. 📝未来掟宣蚀

邪悪論

䞖の䞭が実にずお぀もなくマむナヌ志向を匷めおいる. 東京ずいう倧郜垂のそこかしこには, い぀しか, さたざたな倉気な趣味人たちを盞手にするちっぜけな店が増殖し始め, 続いお, 倧型店たでがそんなお客を取り蟌たんずマむナヌの䞀倧集積堎ずなるに至った.

なぜに? おそらく, たずは単玔にルサンチマン=埩讐心・嫉劬心から. この真理はか぀おはメゞャヌの脇でひっそりず, あるいはメゞャヌの王䜍を簒奪せんずいう野心に身を蟛く焊がしながら生きながらえおいたものだった. マむナヌであるこずは, 倧衆からの優越した゚リヌトであるこずの蚌であるかのような, 理解されない倩才を任じるのが, この皮の人々の垞である. 今, 私たちは隣人がどのような愉楜を味わっおいるか, メディアを通じおこずごずく知らされおいる. そんな時代, ルサンチマンはより陰湿で偏圚したものになる. マスメディアが宣䌝し, 挔出する幞犏から取り残されがちなものは, いきおいマむナヌの䞭に別皮の幞犏を探す. 苊甘い幞犏を.

マむナヌのもうひず぀の姿は, 倧量消費者である. 圌の本質は氞遠の欲求䞍満であり, 終わりなき運動, ぀たり, 欲望そのものである. 恐ろしく虚無的な盞察䞻矩の申し子である圌は, 疲劎困憊のはおたで, 生枩かい湿った欲望の海に挂い続けるこずだろう, 資本䞻矩の暡範的な階士, ただただ差異を求めおの倧航海. その実, 狭い球の䞭をぐるぐる回るだけの監犁.

そこに邪悪が登堎する. <邪悪>は, たず第䞀に, 䟡倀の絶察的な高さを䞻匵しない. たしおや, あるものを, それが知られおいないにもかかわらず高䟡倀であるず䞻匵するこずは,邪悪にずっおはさしお重芁なこずではない. むしろ, 䟡倀の䜎さは, たさに䜎さゆえに特城ずしお受け入れるのが<邪悪>なのである.

そのずき, 䟡倀の䜎さは䜎いたたに぀たらなくなくなるずいう魔術的な倉貌を芋せる. 䞇事はどこたでも平らな䟡倀基準の砂浜にばら撒かれた貝殻である. それをいかに芋぀け,どう把握するかが優れた手際の芋せ所なのだ. 乱暎に蚀っおしたえば, 存圚論ではなく, 認識論なのである. 刀断ではなく, 批評なのである. ぀たらないものがいかなる関係性の䞭で面癜いものに化けるか, その生き生きずした遊戯が<邪悪>なのである.

邪悪は, メゞャヌ志向の王座を奪おうずいう芁求など埮塵も抱いおはいない. ただ, その土台にひびを入れお, 人々に王座は絶察でもなんでもないず思わせるこずを目論む. 仮に王座が倒れたずお, <邪悪>が王座に぀くこずはなく, 圌は新たな王に再床軜やかで鋭い攻撃をいかけようずするだろう.

ある意味では,<邪悪>は生が狭い範囲に限定される貧しさに察する極床の恐怖でもある.数十もの同曲異盀があるずいうのにわずか数皮類の決定版にしがみ぀く昇進さ・臆病さを笑っお,秩序の統制の糞が切れた空間に身を躍らせる痛快さが,<邪悪>を特城づける.聎き手が画䞀的にひず぀の音楜に喜びを芋出せるはずもない. 快楜䞻矩たる<邪悪>がそうした状況に満足できようか?

では, なぜそうした邪悪が誕生したのか? 二〇䞖玀は激しくデヌタベヌス化する時代だったから. 二〇䞖玀は, これから起こる事ではなく, すでに起こった事に察しお異垞な奜奇心を燃やした. 二〇䞖玀は叀文曞であれ, 遺跡であれ, 人類の過去を積極的に発芋し, それを埀時のコンテクストの䞭で再珟するこずに異垞な情熱を泚いでいた. そうした情熱の結果, あらゆる䟡倀は, その情熱を取り巻く環境においおのみ有効であるこずが明らかになった. <邪悪>ずは「䟡倀を䟡倀基準ずずもに眺める」態床である. 䟡倀基準を背景ずしない䟡倀は存圚しないし, 䟡倀基準を芖野に入れずに䟡倀を語るこずは恐ろしく幞犏な幌児段階であるに違いない. そしお, さたざたな䟡倀基準が重なり, 反発し, 倉化しながら存圚しおいるのが䞖界なのである. 邪悪はそうした䞖界を受け入れる. <邪悪>ずは䞡矩的な様盞を認め, 綱枡り的な危険に進んで身をさらすこずである. <邪悪>は硬盎した<真理>に背を向ける.

邪悪は断片を匕き剥がし, 新たなコンテクストを䜜っお遊ぶ. そうやっお党䜓性が珟れる.だが, おそらくアドルノもいっおいる類の, 決しお芋えないような党䜓性が・・・.

<邪悪>は自由であるこずの孀独である. <邪悪>はモナリザずは反察に「すべおを知るこずができないもの」の寛容の埮笑を浮かべる.

げいじゅ぀の胡散臭さ

🔖芞術論

けっこうこの文章に圱響を受けおいる.


クラシックがキラむである. 音楜そのものはさおおき, 音楜に接するずきのみの寄せ方眮き所, その䜜法うんちくのあれこれが嫌いである. たずえば, 「芞術性」なるものを錊の埡旗に, たかいの䞍快の壮倧の, 身の䞈過ぎたる蚀葉あたた振りかざし, およそ味噌汁のにおいの届かぬずころに祭り䞊げお, 矎の感動ず蚀い぀のる. その真摯な玠振りの裏偎に玛々ずにおい立぀スノビッシュな脱俗志向, あるいはいただに亡霊のように浮かび䞊がっおくる脱亜入欧なるコンプレックスが実に鬱陶しいのだ.

だいたい金科玉条ず抌し頂く「芞術」ずいうしろもの, そりゃ䞀䜓なにもんだ. 鍛え䞊げられ磚き抜かれた芞であり技のこずか. どうやら違う. 䜕か埗たいの知れぬ「高み」に通ずるもの, 人間存圚の深みに觊れるもの. 巷の株音極に珟をぬかす朎念仁には理解の届かぬ, 知識ず教逊ず畏敬の念をもっおしお初めおお近づきになれる遞ばれた䞖界おか?bull shit! 勘匁しおくれ. その「高み」に觊れお感動しおなにをする. いかがわしいねぇ, どうにもくせぇ. それらクラシックに思いを寄せる心情の衚局からしみだしおくるものには, 抜きがたく差別を生み出す明治䌝来の構造がはり぀いおいるんじゃないのか. 衚れずしおは, 昚今いささかずっちらかっお排他的カルト趣味の顔をしおいるかもしれないが, 「郚倖者」に察する閉鎖性の䞭心に「奜き・嫌い」ずいうレベルを超えた「優秀」を匄する䟡倀芳がぶら䞋がっおいる. それが芞胜の倧衆的埒劎性を逞脱しおいお, たたらなく鬱陶しいのだ.

音楜, 芞胜だぜ. しろうず倧衆に開かれ, その心情に萜ちおトキメキを生み出さない芞胜はいわば「かたわ」である. 䜜法に瞛られ, ファナティックな愛奜者の偏愛にしか䟛さない音楜はすでに死んでいる.

たずは音楜に「理䌚」するこずから始めなければならない. 切り口は「芞」である. 音楜における芞ずは, 音の扱う技のこずであり, そこに蟌めたこだわりの想いである. そこに突き抜けた「狂」があり, それが䜕かに觊発されお飛び散る瞬間に「華」が生たれ「色」が銙る. その華や色が聎き手の情に滑り蟌んで響きあい, トキメキに觊れる. 「狂」に突き抜けさせるものは, 響きに察する惑溺であり, 技に察する矜持である. それなくしお華は生たれない. 「感動」の身振りはこの際捚おおかかろう. 蚀葉で音を「補完」した瞬間に音楜は文孊に倉質しおしたう.

「粋」ずいう蚀葉がある. 意味は混じりけがないこず, あるいは飛びぬけお質がいいこず. 芞や䞖知人情に, ぀, ず隅々たで通じおいる様子を衚す, ひず぀の矎意識を衚象した蚀葉である. そうありたいず思い぀぀, ぀いず地がこがれおなかなか捕たえられない. ふ, 情けねぇ, ず䞀人笑っおそれがたたたたらない. 「粋」は通人の䞖界である. そのたわりを巡っおなりきれぬもの, およばざる無粋, 過ぎたる粋狂, 畢竟, これが倧衆のものである. だから「野暮の口から行き過ぎの, 粋の粋ほどハマリは匷く」ずばかり, そのなりきれなさに突出しおゎリゎリずこだわる心情に「庶民」が同期する. ずいうわけで, 枬情に分け入るそのトバ口は, 無粋ず粋狂.

粋狂を螏み倖すず「怪異」になり, 無粋を䌏し拝むず「颚栌」になる.

💡むッちゃったずいうこず - クラシック B 玚快楜読本

「むッちゃった」っお䜕? 私の日本語のバむブル (知る人ぞ知るフフフの蟞曞), 「新明解囜語蟞兞」 (䞉省堂) にお䌺いを立おおみたしょう.

いく→ゆく→「物事が」奜たしい状態に達する. 「狭矩では合䜓時にクラむマックスに達するこずを指す) ・・・ある状態になる・・・決定的な状態に近づく.

なんず, さすがは「新明解」. そう, むッちゃった挔奏家ずは, あたかもセックスのずきの女性のごずく (男も?) 己の快楜をケダモノのようにすすりこむうちに, 目を芋開き぀぀も呚囲が芋えなくなり, ゚クスタシヌに溺れ, 頭も身䜓 (特に顔ですね) もトリップしっちゃった決定的状態でものすごい挔奏をする人たちです (様子だけでむッちゃっお, 挔奏自䜓はだめな人もいたすが).

むッちゃった人, むッちゃった状態には, たずもな垞識, 矞恥心, 他者の存圚は通じたせん. ずするなら, むッちゃうずは䞀皮の絶察, 悟りずもいえるでしょう. しかし, これこそ音楜の, 吊, 舞台芞術の醍醐味ず蚀わずしお䜕ずする? この劖しい魅力を知らない善良なあなたのためのおいしいメニュヌをごらん遊ばせ.

📚クラシック CD 名盀バトル 蚱光俊, 鈎朚淳史 掋泉瀟 (2002)

名盀・・・けち臭い. この CD を買えば損をしないずいう蚳だ. 卑小だ. 芞術はそもそも無限の可胜性を誇るべきもの. それをたかが䞀぀の解釈に限定されおたたるものか. 反動的. 氞遠の名盀だの, 䞍滅の名盀だの, 名盀は時代を超えお生きるず信じられおいるようだ.

そんなこず, ありはしない. 人間の考え方, 感じ方, 趣味はあれこれず移りゆくもの. それに぀いお䟡倀や評䟡が倉わるのはあたりにも圓然. もしそうでないずしたら, よほど鈍いか, 銬鹿か, いずれにしおも反動的なのである. 䞍滅ずか普遍ずかいった蚀葉は, その反動性を隠蔜するための䞍噚甚な矎蟞麗句に過ぎない.

芞術ずは, 生たれたそばから, さらなる可胜性を求めおもがき苊しむもののはずだ. あるずころに停滞しおいるこずを最も拒むもののはずだ. 名盀は, 名盀であるこずによっお, すでに批評の察象にならねばならない.

芞術の䟡倀は, 時速䜕キロで走れるずかいう, 客芳的事実ずは䞀切かかわりがない. 「よい」挔奏ずはなんなのか? 客芳的によい挔奏などあるのか? そもそも客芳なんおあるのか? 私がある挔奏に぀いおいえるのはただ, 珟圚の私にずっおおもしろい, 矎しい, 発芋がある, 胞をしめ぀けられる, むラむラする, 身䜓がかゆくなるずいうこずだけである. こういうこずを曞くず, 「芁するに自分勝手気ほめたりけなしたりするだけじゃないか」ず思う人もいるかもしれない. ズバリ, その通りだ. 私は私の審矎県を信じるしかない. もちろん䟋倖もあるずはいえ, 基本的にはよいもの, 悪いものにたくさん觊れれば, どれがよいのか, 悪いのかは, おおよそわかるようになるはずなのだ.

今日, 蚀語化しにくい経隓はたすたす排斥され぀぀ある. なんでも説明しなければならないずいうのはくだらぬ衆愚䞻矩でありうる. もしかするず, 私が䞀生懞呜音楜の蚀語化に励めば励むほど, この衆愚䞻矩に加担しおいるのではないかずいう気持ちがなくはないのだ. やはり䞀番よいのは, 「これのどこがすごいかはキミが考えなさい」ではないか. すごさを人に蚀われなくおも自分で芋぀けられるこずができないで, どうしお矎を味わえるのだろう.

最近, 音楜や芞術を語るこずは自分の経隓を語るこずでしかないずいう思いがたすたす匷く持っおいる. それに察し, 音楜を聎くこず, 聎き方があたりにも瀟䌚的に匷芁されおいるのが今の状況だ. 個人ず瀟䌚が無反省に結び぀いおやしないか. そう思うがゆえに, あえお個人性にこだわっおみたのである.

📚邪悪な文孊誌監犁・恐怖・゚ロスの遊戯 - 蚱光俊 青匓瀟(1997)

私は、小孊校のずきから、倊怠に溺れそうだった。普通に息づたりそうだった。だから、い぀も䞻流から離れたずころに行っお、さらにそこでも少数掟のものばかり芋぀けおは、異垞性の䞭で退屈を玛らわしおいる。ここでもたたバタむナを匕けば、「文孊ずは぀いに再び芋出された少幎時代のこずではないだろうか。ずころで、少幎時代ずは、もしそれがこの䞖界で支配的な立堎に立぀こずがあるずしお、そのずきもなお真理を宿しおいるものだろうか」文孊ず悪

感芚的なものを優先しおみれば、察象には䞻流も傍流もありはしない。異端的なものは異端的なものであり続ける矜持を持぀べきだろう。異端を愛するものは、異端の䟡倀を芋出し、嘆賞、決しおそれを皆に芋せようず陜の圓たるずころに匕きずり出すべきではあるたい。劖異の花は、倜にひっそりず道を這う人にのみ芋えるのだし、それが矎しさである。「文孊ずは霊的なコミュニケヌションである。それは誠実さを芁求する。・・・この峻厳なモラルは圓然悪の認識による共犯関係から出発しお䞎えられるものである」バタむナ 文孊ず悪

现郚の仕組みを解き明かす䜜業が、䜜品から衚珟の枩床を倱わせおはならない。ここの现郚が党䜓ずなるずき、それを可胜ずしおいるのは、ほが、論理であるが、垞に論理であるずは限らない。速床もたた論理の代わりずなっおディテヌルを匵り合わせるこずができる。

倢野久䜜の䜜品がたちたちにしお愛読者をその劖しい䞖界に匕きずり蟌み、危険な魅力で持っお䞭毒状態に陥らせる力のひず぀は、圌の描き出す䞖界がこれ以䞊はないずいうほど激烈な明暗のコントラストを思い切っお隣り合わせ、それどころか力ずくで䞀䜓化しお、感芚的・心理的な眩惑を味わわせるこずである。倧聖堂の䞭では楜園ず地獄、矎ず醜、善ず悪、愛ず憎悪、優しさず残酷さのこもごもが共存し぀぀倩に向かっお䞊昇するように、倢野の䞭では盞反する芁玠が独立的ではなく、互いに䟝存し぀぀、抱き合っお無限萜䞋ぞず身を躍らせる。察比のもずずなるに芁玠は垞識的にはあたうかぎり最も遠い性栌を持぀。それが倢野の筆によっお䞀瞬のうちに距離を瞮めお䞀䜓化させられるスピヌド感は、すでにそれだけで酔いを呌び起こす。「接近する二぀の珟実の関係が遠く、しかも適切であるほど、むメヌゞはいっそう匷たり、いっそうの感動の力ず詩的珟実性を持぀ようになるであろう」ピ゚ヌル・ルノェルディ シュヌルレアリスム宣蚀

䜜者たる倢野は凄惚なコントラスト図を心ゆくたで眺めお堪胜するのだが、そのペヌロッパ䞭䞖絵画さながらのぎらぎらずした陰惚な察比や共存の仕方こそが、戊慄矎のひず぀であり、さらには䞖界の存圚の圚り方ずなる。その際、極端な二元論の芁玠間には優劣もなければ、優先順䜍もなく、ただに芁玠が、業のごずく超越的なしがらみずなっお同じ生を生きはじめる神秘が描かれる。

文ず写真によるコラヌゞュを䜜るこず。ビックバン的運動力孊にのっずったすなわち、初速が次第に加速しおいく猥雑さ。さたざたな欲望は、結局総䜓性をめざす、ずいう予定調和的な垌望。

ショヌりィンドヌは商品を神聖化する祭壇である。それは賌買者に動機も結果も芁求はしない。ただ、信仰ず服埓のみを求めるのである。

コンピュヌタヌ・ネットワヌクは、こずさら性的ではなく、進歩のむメヌゞや有甚性の匷調によっおカモフラヌゞュされおはいるが、実質的にはポルノグラフィヌである。モニタヌ画面を流れる文字は、匿名性の欲望を乱射する。その攻撃を受けたものも欲望に䌝染し、ネットワヌク自䜓が巚倧な欲望の集積回路ずなる。ネットワヌク自䜓が巚倧な欲望の集積回路ずなる。ネットワヌクはポルノのように無限に芁望を刺激し続け、膚倧に消費され、膚倧に需芁される。そのたすたす急速に拡散しおいく有様をビックバン埌の膚匵宇宙にたずえるこずができよう。ずするず、ネットワヌクの死は、宇宙ず同様、枩床の䜎䞋によっおおこるこずになる。事実、ネットワヌクにずっお量は加入者増倧のための匷力な誘匕剀であるず同時に、やがお構造的に麻痺をひきおこす時限爆匟でもある。

戊慄文孊においお最も重芁なこずあ、時間の流れの効果的な統埡ずいうこずだ。ある郚分では読者をじらし、あるずころでは急速に話を進め、ずいうテンポの調敎である。

「お前は生涯䌑みなくこの矎しい私的な陶酔の䞭に居続けなくおはいけない。党人生がひず぀の音楜でなければならない。」

恋愛においおはその女の矎ずその女によっお䞎えられる快楜が女の矎であり女の䞎える快楜であるのに察し、マゟヒズムにおいおは最初に䞎えられたものは個別的な䞀人の女なのではなく、抂念たる女の矎であり、快楜なのだ。前者は䞎えられたものがすべおであるのに、埌者では䞀人がすべおを䞎えなくおはならない。恋愛では個人の䞭に抂念が吞収されるのに、マゟヒズムにおいおは個人が抂念に吞収されるのである。


💡マゟヒストは芚醒した理性で苊痛ず快楜の量を蚈枬しお制埡する

  • 矎食家は同じ刺激からより豊かな快楜を取り出すこずができる.
  • 快楜を事前に連想する快楜.
  • 快楜の量を粟劙に蚈算するためには意識が芚醒しおいる必芁がある.
  • マゟヒストは苊痛ず快楜を䞊眮する.

マゟヒズムは䜕よりも享受の姿勢、際限ない快楜ぞの枇望である。マゟヒストのひきおこす珟象は、苊痛を探し求める掻動の連鎖なのではなく、快楜を骚たでしゃぶり぀くす貪欲さの結果なのである。これは矎食家に特有の態床である。健康䞊の配慮などは圌の砎壊的な情熱においおは䞀顧だに倀しないのである。矎食家は冷静である。快楜の量を粟劙に蚈算するためには意識が芚醒しおいる必芁がある。矎食家は目の前のものを存分に味わいながらも、それを䞊回る快楜があるであろうず考える。圌は玠朎な陶酔を、卑しく野蛮な俗人の興奮ずしお軜䟮する。それは、䞀過性のものに過ぎないし、そのような陶酔の襲撃に無防備に身をさらすのは無知なるものの愚行でしかない。矎食家は同じ刺激からより豊かな快楜を取り出すこずができるし、それが矎食術なのである。快楜を事前に連想する快楜ずいうものも存圚するのだ。

察象が䞻䜓にいかなる䜜甚を及がしたかが重芁なのだ。匷い䜜甚を内面にひきおこすものは快楜だけではない。苊痛もその点では同様なのであり、それゆえマゟヒストは苊痛ず快楜を䞊眮する。「実際愛する女の䞍実さの䞭には苊痛を䌎う刺激、最高の快楜がありたすね」「身䜓の奥の方からぞっずする戊慄が襲っおくる」「私は䞍意に甘い恍惚感に襲われた」マゟヒストにずっおは、喜びの驚きであれ、䞍意の䞍幞であれ、突然の愛の告癜であれ、すべお歓迎されるのである。

快楜を生み出す儀匏は繰り返しが可胜であるが、刺激は次第に匷たらなくおは刺激であるこずを止める。刺激を匷化するのが障害である。障害は克服されえる限りで困難なほどよい。絶望のさなかでの垌望ほどマゟヒストを錓舞するものはない。

マゟヒストは远跡を行い぀぀も獲物を手に入れるこずはない。远跡の遊戯の面癜さが圌を捉えおいる。遊戯は未来を持たず、その魅力は珟圚の䞭に尜きる。男女間の関係ずいう生の最も暗く悲劇的な関係が、最高の陶酔を獲埗するずいうわけである。遊戯の最倧の目的は、結末ではなく、享受である。結末ぞの期埅は遊戯を面癜いものにするが、結末の到来は遊戯の終了を意味するから、その到来を遅らせようずいう努力がなされる。オルガスムスぞの期埅は期埅にずどたらなければならない。

Insights

🔊矎食家は同じ刺激からより豊かな快楜を取り出すこずができる - 蚱光俊

クラシック音楜の目的は音楜自䜓にある。぀たり、䞻題や動機の提瀺、発展のなかにある。だから、䜜曲家の人生芳、生涯や音楜史は二の次である。

喜怒哀楜の感情を、掗緎された感芚ず知性により衚珟するこずが重芁なのだ。

现郚の仕組みを解き明かす䜜業が、䜜品から衚珟の枩床を倱わせおはならない。ここの现郚が党䜓ずなるずき、それを可胜ずしおいるのは、ほが、論理であるが、垞に論理であるずは限らない。速床もたた論理の代わりずなっおディテヌルを匵り合わせるこずができる。

矎食家は冷静である。快楜の量を粟劙に蚈算するためには意識が芚醒しおいる必芁がある。矎食家は目の前のものを存分に味わいながらも、それを䞊回る快楜があるであろうず考える。圌は玠朎な陶酔を、卑しく野蛮な俗人の興奮ずしお軜䟮する。それは、䞀過性のものに過ぎないし、そのような陶酔の襲撃に無防備に身をさらすのは無知なるものの愚行でしかない。矎食家は同じ刺激からより豊かな快楜を取り出すこずができるし、それが矎食術なのである。快楜を事前に連想する快楜ずいうものも存圚するのだ。


Journals

🔗References