クリプトは🪣Raydium CPMMの対応が終わった. 2週かかってしまったがあまり効果がある機能追加ではなかったな. 来週も今の路線でPhoenix対応をしようと思うが7月からすこし今までとは違う方向を検討してみたい. テーマをもって取り組むときといろいろ調査して拡散するとき, 2つを反復するのがいいと思う. ただ情報収集は同時にメンタルを病むことが多い. 心に余裕がないとできない. そういう意味で, わたしは情報収集も苦手だ. 引きこもっていた人が外に出るのと同じ心境. 元気がないとできない.

父親の付添で🚆京都鞍馬寺ハイキング旅行にいった. タバコ中毒者はそうだ京都にいこうではなく「そうだ京都の喫煙所にいこう」なんだ. なんで仏教寺院の鑑賞の時間よりもタバコ休憩の時間のほうが多いんだろう. もうなんだかずっと旅行の間にイライラしてしまった. 修業が足りない. 怒りは役に立たないと知っているのに, なぜこんなにも無限に沸騰するんだろう, 苦しい. 父親はニコチン中毒, わたしは怒りと嫉妬の中毒. やめたいのになかなかやめられない.

相変わらずスキマ時間は仏教系の知識をインプットしている. 苦しみが学習のコンパスになる. 去年も怒りと嫉妬に悩んでいたが, 去年よりもましなのは, なんだか坐禅が解決の鍵なのでは?という手応えがあること. 心理学やACTよりも手応えがある. 感情の嵐に対して全くなすすべ無しではない, 嵐の中で傘があるぞ?風速30mでぶっ飛ばされそうだけど. 呼吸に必死にしがみつく, 全集中の呼吸.

🐦Tweets

  • <2024-06-13 Thu 13:10> またKindleのインストール作業に失敗して2時間を失った. すごくイライラする. もう1年半くらいkindleが使えない状況が続いているし, さらにいえばインストールを試みて失敗するだけの作業に10時間くらい使っている気がする. また怒りを積み上げた.
  • <2024-06-13 Thu 13:18> イライラする. すごくイライラする. 苦しい.
  • <2024-06-14 Fri 09:25> いやーDTM厳しい. わからないことが多すぎて画面開くたびに暗くなる. とりあえず用語や機能をひとつずつ調べながら小さく切り崩していくしかない. なにかを学ぶときはとりあえず手探りで学んでいく. 学習速度は初めは遅いけどそれは後で取り返せることは何度も経験している. あとは絶望的な気分をどうするかというメンタルの問題. 初心者挫折のはじめの壁をセルフコンパッションで乗り越えればあとはスイスイいけるはず.
  • <2024-06-14 Fri 22:04> KindleをLinuxにinstallするのあきらめた. Bookwalkerで買ったぞ!📚関数型デザイン 原則、パターン、実践 - Robert.C.Martin(2024)
  • <2024-06-15 Sat 19:20> 相模大野もくもく会参加.

かんがえたこと

まなんだこと

🖊Journals

💭怒りの炎が消えた状態を当たり前にしてそこから外れた身体感覚から気づいて滅する(24/06/14)

最近のマインドフルネスの記録.

怒りや嫉妬の思考が生じる瞬間を, 以前よりもキャッチしやすくなった手応えがある. 手応えといっても本当に些細な前進でしかなく, 未だ圧倒されるばかりだ. しかし, これが嬉しいのは, まったく自分の思考に対してなすすべ無しというわけではなく, 禅には反芻思考をなんとかできる手段としてていけるという手応えを得たこと. この仏道を進むことで, 小さな手応えをものにしたいという意欲がある.

怒りや嫉妬に対して, コツコツと生活の中でその炎を消しながら生きていく. はじめはとてもめんどくさい. しかし, もし仮にそういう習慣をコツコツと積み重ねたら, 心はどうなるのだろうか?という興味がわく. あまりに, 自分の周囲やメディアには, 欲望と怒りにまみれた人しかみえなくて, コツコツと怒りに向き合っている人が見当たらない. 本当に怒りの炎が消えた状態で生きることは可能なのだろうか?そのような心境に興味が湧く. また最近の手応えがそれを支える. それこそが, うつが治るという心境だとおもう.

今まで30年以上生きてきたが「思考がない」ということをdefault状態として生きてこなかったことが不思議だ. ガリ勉だったからか, ロジカルなことに憧れていたからか, 挙動不審だったからか, 目覚めているときはつねになにかを考えようとしていた. 思考を滅して生きるということを意図的に行うことは, 今までの習慣的な思考とは真逆だ.

ただ, コツコツと瞑想の時間を増やしたり, 喜びでも楽でもない中間を狙って意識を持とうとするようにすると, そこから外れたことが逆になにか違和感を感じ, その違和感からハッと気づくことが多い.

もっと具体的に言えば, それは呼吸と心拍数が導線になって気づくことが多いかもしれない. 心拍数はFitbitでつねに定量的に確認もできる. 呼吸が浅いときに思考を消すことは難しいし, 心拍数が70を超えるようだと心の平穏からすれば異常状態だ.

気づけば意識を呼吸に戻す. 小さな怒りや嫉妬の炎は気づけば数十秒で滅することができる. 常に生活のなかで全集中の呼吸で生きる.

<2024-06-14 Fri 10:09>

🔥怒りの炎

💭おまえは無価値な人間でお前が頑張ろうがその結果疲れようが成功も失敗もどうだっていいんだ(25/06/14)

わたしは価値のない人間だ. 今日も疲れた. 朝7時に家を出て23時に帰宅した. で、だからどうしたというんだろう.

わたしが努力したところでなんの価値もなく, わたしが勉強したってなんの価値もなく, わたしが疲れたって何の価値もなく, わたしが成功しようが失敗しようが, 何の価値もない. わたしは価値のない人間だ.

ただ, それがどうだというんだろうか?

この文章がネガティブであるというのが, そもそも自我があるという仮定の元にある西洋思想の枠で考えているが, 一方東洋思想からすれば, そうだよねだからなに?というかもしれない. たんなるコインのオモテウラでしかない.

ただ一方で, 防いでも防いでも「おまえは価値がない」という自己否定がつねにひどい. ならば, 別にこの声を利用してしまってもいいんだ. わたしは価値のない人間だ, おまえは無価値な人間でお前が頑張ろうがその結果疲れようが成功も失敗もどうだっていいんだ. でも価値がないからと行ってそれはどうだっていいんだ. おまえとかどうだっていいんだ.

<2024-06-14 Fri 23:11>

💭眼は横にあり鼻は直眼は横にあり鼻は直にあると眺めれば心はものを思はざりけり(24/06/16)

⛩東雲寺(曹洞宗/成瀬)の坐禅会参加.

東雲寺発行の月刊のチラシに「眼横鼻直は道元禅師の教えではない」というタイトルでエッセイが書いてある. これはブログにも書いてあることで, はじめて参加した1ヶ月半前の坐禅会で話していたことだ.

眼横鼻直」は道元禅師の教えではない

眼横鼻直は道元禅師の教えではないという学説. その拠り所は, 江戸時代に「永平広禄」(略禄)が改悪され, さらにこれが流布しまって誤解されたまま広がってしまったというもの. 「当下に眼横鼻直なることを認得して、人に欺かれず、すなわち空手にして郷に還る。ゆえに一毫も仏法なし」.

誤解として流布の悪いところは「ゆえに一毫も仏法なし」というのが天台本覚思想を支持するようで, そもそも道元が本覚思想に疑問を抱いたことと矛盾するから… という議論かもしれない. 「ゆえに」の部分はナゾのロジック展開だが, 展開して解釈が生まれると議論がややこしくなる. ありのままでいいんだよという解釈, じゃあ修業なんかせずに堕落して寝っ転がっててもいいのか?そんなわけないだろ!みたいな.

こういうような, 昔からいわれていたことが仏教学の最新の研究成果で否定されるような話はそこそこきく. この眼横鼻直もそのたぐいのひとつかもしれない. ただ, 結局のところわたしは学者でも僧侶でもなく, すべてを疑うしかない. 同じようなことは科学にも感じていて, 論文を読めばわかるかもしれないが専門家でなければいちいち一次情報の論文を参照するとかしていると時間がなくなるので, 結局偉い人の言葉を信じるしかない. 数学を学んだのに未だに統計的優位性がよくわからない劣等感もある.

仏教のよいところは, 意識だけで心の探求を自分でできるところ. 坐禅の魅力もこそ. 眼横鼻直にしても, 眼は横にあるのか?鼻は直にあるのか?ちゃんと観て確かめようとしかいえない. 疑問形なのだ.

似たような言葉で好きな言葉で, 「花がいろ月がひかりとながむれば こころはものをおもはざりけり」という一遍上人の言葉がある. 花が色でしかなく, 月が光でしかなく, それだけである. なにも考えないのだ. 眼横鼻直も, 眼は横にあり鼻は直眼は横にあり鼻は直にあると眺めれば心はものを思はざりけりというように, わたしは解釈したい. 「ゆえに」とかロジック展開して考え始めるとうつになる.

今日の坐禅では, とくにいつも注意を雑に向けていた経行をより丁寧に行った. むしろ坐禅は経行の準備のように捉えた. 坐禅をしているときには, 吐く息と吸う息の折返しで思考が発生しやすく, そこをとくに注意する. ただ, 経行になると呼吸に加えて歩く動作の切り替えで思考がより湧きやすく, それは坐禅よりも思考をとらえる難易度が上がる.

さらに, 最近は坐禅会のあとに, 恩田川を自転車でゆっくり走りながら町田のコワーキングスペースまで移動する. この時間も, 経行の延長で自転車瞑想をした. 恩田川は自然豊かであり川のせせらぎの音も心地よい. 心はものを思はざりけりとなった.

坐る、歩く、自転車にのる、その延長で日常生活のあらゆる場面で気づきをもって生活したい. 心はものをおもはざりけり, 故に鬱にもならざりけり.

<2024-06-16 Sun 08:50>

💭町田木曽にある美肌の湯、大蔵湯が新しくて感動した(24/06/16)

昨日の相模大野もくもく会に引き続き, 今日は勉強カフェ町田スタジオのもくもく会に参加. 壊滅的コミュ障のわたしがやけに社交的だ!そして, そのあとに気になっていた町田木曽にある銭湯、大蔵湯(おおくらゆ)にいった.

昭和41年、町田で唯一の銭湯とのこと. しかし施設が新しくてびっくりした. たぶん建て替えて5年も経ってない. 銭湯はオンボロのイメージがあったので驚いた. そこらのスーパー銭湯よりもずっとピカピカ.

ここのこだわりとしては軟水の湯、いわゆる美肌の湯、美肌効果があるやつ. さらに感動した.

近所の亀の湯が閉鎖してとても困っていた. スーパー銭湯は800円くらいで少し高い. 銭湯は500円ちょっと. 町田木曽は町田駅からさらに自転車で20分くらいかかるのだが, 最近引きこもっているコワーキングスペースマチノワからなら10分ちょい. 集中力が切れたときの避難場所としてもちょうどよさそう!いちばんウスノロマヌケになる16時に銭湯で集中力を回復させるのはベストプラクティスだ.

<2024-06-16 Sun 17:39>