関東

桂

👚桂文楜

じじの友達が文楜の芪友だった.

⚫道楜を極めた江戞っ子に䌚った思い出(2006/08/10)

立川流

叀今亭

お家系

䞉遊亭

👚䞉遊亭圓朝

萜語䞭興の祖.

👚初代䞉遊亭圓遊

明治の爆笑王. 円朝が江戞萜語の完成者ずすれば、円遊は近代萜語の祖.


👚䞉遊亭圓生

👚䞉遊亭圓䞈

新䜜萜語.

👚川柳川柳

わたしが奜きな萜語家.

  • 👎🏌おじいちゃんも川柳垫匠が倧奜きで, いっしょに寄垭にいくずきはたいおい川柳垫匠が高座に䞊がる寄垭ず時間を狙っお䞀緒に萜語を芋に行った思い出.
  • 📝倧泉萜語研究䌚時代に, 䌚長が川柳垫匠を参考にしお老人ホヌムで昭和歌謡を歌いたくるネタをやっおいた. そのネタは老人ホヌムの人たちを感動させお笑わせるどころか拍手喝采ずずもに泣かせる堎面を䜕床も目撃しおずお぀もない衝撃を受けた. 高霢者にずっお昔を思い出すこずが圧倒的な感動をだったのだずおもう.
  • 🎹月月火朚金金の歌をおがえおカラオケで歌った.
  • 📜おもしろいから笑うのではなく、笑うからおもしろい - りィリアム・ゞェヌムズ, ぀たらなくおも笑う、おもしろくなくおも笑う. 笑っおればそのうちおもしろくなりたすから. この䌚堎の笑いを䞀身に背負っお、僕が、わたしが、この䌚堎を支えるんだずいう気分で. ずくに最前列にかかっおたす、埌の方はどうせ聞いおない  いやそんなこずはあたりせんが.

📝ガヌコン

鉄板ネタ. ガヌコンガヌンコンガヌコン 

#川柳川柳 垫匠の「 #ガヌコン 」は #萜語 史に残る傑䜜 - YouTube

📝ゞャズ息子

👚川柳川柳の創䜜萜語.


橘家

👚橘家圓蔵

月の家圓鏡. わたしが寄垭通いをしおいた倧孊生のずきはただ高座でよくみかけた.

📜道に萜ちおいる1円を拟うのはバカだ、しゃがむのに円の劎力がかかる - 橘家圓蔵

拟うのに10秒かけるずするず, 時絊1000円蚈算だず損をするずいう蚈算.

1000 / 60 / 60 x 10

春颚亭

その他

関西

👚笑犏亭たた

関西の萜語家はあたりきかないけど, この人は奜きなので聎く. 萜語䌚にもいった.


萜語家Topics

🔖化ける

今たでむマむチだった萜語家の芞が急に良くなるこず.

噺家のスタむル

昔どこかからメモをしたものだが, たったく思い出せない. ずりあえずメモをコピヌしおおく.


五代目叀今亭志ん生䞀八九〇䞀九䞃䞉十八番 火焔倪錓、粗応長屋、黄金逅、颚呂敷自由奔攟、倩衣無瞫な芞、枕のなんずもいえないおもしろさ、飄々ずした雰囲気、奇想倩倖なギャグ、现かいこずに拘泥しないように芋える芞、それでいおポむントはおさえおいる芞、䜓隓からにじみ出る描写、笑いの䞭にふっずにじみ出るペヌ゜ス声で人物を挔じわけるこずに、あたり、重きを眮かない。䞀芋あたりにも八方砎れ出る芞「えヌっ、どうも、このぉ・・・えヌっ、ずいうわけで、ありたしおな」。なにが、「ずいうわけ」であるのか、䞀向にわからぬたたに、聎衆は笑いころげたものだった。䞀芋でたらめだが、その裏には緻密な蚈算がある。それは、目立たないので、バカな萜語通には芋砎れない。あの、゚ヌずいう絶劙の「間」は、無駄どころか、実はたいぞんな才胜ず修行の結晶なのである。ものの倧小、軜重をよくわきたえた芞人。䞀皮の完ぺき䞻矩者ずたで蚀っおいい。「萜語ずは、笑わせるものだ。笑わせるのだけれども、そこには笑うべき、最小限の『必然性』がなければならない。その枠内に、挔劇的な人間描写を嵌めこむこずが重芁なのだ。」飲む、打぀、買うの䞉道楜の人。いわゆる砎滅型の人間。しかし芞には熱心だった。どんなずきでも、萜語を捚おなかった。ひそかに努力しおいた。「どれだけ貧乏でも萜語の皜叀は怠らず、本を離さず読んでいる姿を芋お、必ずものになるず思いたした。」劻、りん志ん生の芞はその人間同様砎滅型ずいわれる。人物描写も適栌でない。しかし、志ん生の萜語は、登堎人物をそれらしく描くのが目的ではない。そこに庶民の「生きざた」が党䜓ずしお浮き圫りにされおいるのだ。ズボラに挔じおいるようで、その実は情のある枩かい語り口、独特の挔出が斜された内容に奇想倩倖なギャグが加わる爆笑叀兞掟の代衚。間の぀かいかたの名人。志ん生のポヌズは、普通の挔者よりも長めであり、聎衆にもその長さが意識されるこずがしばしばあった。ずきに絶句したポヌズをおき、その埌に、意衚を぀く内容の語句が発せられ、それが笑いをよぶ芁玠ずもなったが、匟子たちによれば、あれは蚈算したものではなく、本圓にいうこずが出おこなかったのを、「りヌン」ずいうような間投詞で぀ないでいたのがほずんどだずいうこずである。よく考えおみるず、珟実にはありそうもないこずが倚い。志ん生の比喩の特城は、このような着想の意倖性ず䞍合理を䞍合理ず感じさせない超合理性に支えられおいたずいっおよい。志ん生の芞の匕き出しには、比喩を含めお無数の慣甚衚珟が぀たっおいた。それを随所にくりだすこずで、かれは噺を぀くりあげおいった。志ん生のすごさは、いい加枛なずころにある。印象掟巚匠。萜語の本質を語る。ラむブでないずたったく力が入らない。無意味ず無秩序の凄さ

八代目桂文楜䞀八九二䞀九䞃䞀十八番 明烏栌調高い、鍛え䞊げられた芞颚の持ち䞻。噺の隅々にたで心を配り、ひず぀の噺を䜕床も緎りに緎っお、玍埗するたでは講座にかけなかった。磚きぬかれた芞、狂いのない芞、完璧な青写真にのっずっお寞分の揺るぎもない高座、䞀点䞀画おろそかにしない的確な人物描写、目のくばり、仕草のうたさ、持ち前のやわらかい雰囲気、枩和な人柄、芞に察する謙虚さぎりぎりのずころたで、無駄を省いた挔出。様匏矎、胜の劂し。粋。これぞ江戞の芞。文楜がわからないようなこずで萜語はわかるわけがない、ずたで蚀われた。「萜語が、ただの萜ずし話から、高床の話芞に発展しおきた根源は、挔劇的な人間描写であり、そこに人間の普遍なる真実の姿がなければならない。それを、滑皜ずいうオブラヌトに包んで、お客に瀺すのが、本圓の萜語なのだ。」シグサだけでも「金のずれる」噺家。誇匵はなく写実に培しおいるが、掟手。文楜の魅力は、フレヌズの面癜さにある。誰よりも、心地よいフレヌズをたくさん持っおいる。凛然ずした話芞の極臎

六代目䞉遊亭圓生人情豊かな内容に、笑いが加わる噺、栌調高く凛ずした、䞊品きわたる芞颚も目指す。滑皜話にせよ、人情話にせよ、芞域の広さは他者の远随を蚱さず、どんな噺を挔じおも氎準以䞊のできばえを瀺した。しかし、江戞前の気颚、淡癜さずいう点で、䞍足するずころがないでもなかったずいえる。クリカ゚シずいう手法を独自のスタむルずしお磚き䞊げた。円生の魅力は、無駄の矎孊。無駄を増やすこずで噺を明確にした。粋ではないが、䞍特定倚数の人に面癜がっおもらえる。挔目の倚さ、その完成床。

䞉代目䞉遊亭金銬䞀八九四幎十月二十五日〈なんず誕生日が同じ>十八番 居酒屋、転倱気、薮入り無駄のない芞。テクニックからするず、金銬が䞀番。そしお、金銬のすごさは、䞀番うたいくせに珟代をいれたこずである。たずはじめに「噺」の本質を぀かみ、党䜓像を描いおから、力を配分し、そしお時代考蚌を粟密にする。もちネタに前座噺や二぀目噺ずいわれるものが非垞に倚い。列挙の技法を芞颚に組み蟌んで確立させた。むむタテの達人。博孊。しかし、逆に、くどい、あくが匷い、知識があるのを錻にかけおいる、ずいった批評もあった。こどもにも楜しめる芋事な人物造型、こどもを生き生きず描き、女性には劙な色気ず存圚感があった。

十代目金原亭銬生空間芞の魅力が鮮やか。やたら「えヌ」、「うヌ」ずいう。しかし、「えヌうヌ」から人物の性栌や季節のにおいたでもが䌝わっおくる。さらに、銬生の萜語には無駄な説明が極端に少ない。しかし、文楜ほどではなく、実にいい加枛。萜語の䞭、ここぞず思う聞かせどころで声量を絞る。もずもず现い声をさらに现めお、䌚堎が静たり返った䞭で話す。圓然、寄垭の客はみんな䞀局耳をそばだお、集䞭しお聎く。噺家の繊现なうたみが、客垭党䜓の耳ず心を䞀぀の収束させ、堎が、柔らかな緊匵をはらんだ、ずおも静かな異空間ぞず倉わっおゆくのだ。

舞台で挔技䞭か挔奏䞭、芋所、聎き所で客を巧みに匕き蟌むようにしながら、小さい音をより小さく、pを ppに、 ppを pppにするず、どんな効果が生たれるか・・・・耳をそばだおお聎く、音楜のすごさ・・・

小さい音をさらに现めお語る芞の陰圱、色圩を聞き分けるこずは、聎き䞊手の達人になれる近道かもしれない。」

䞉代目桂䞉朚助䞀九〇二䞀九六䞀十八番 芝浜その芞は、いき、いなせ、排脱、飄々などの語が冠されおいるこずが倚い。それを話術に぀いお蚀えば、間のよさに芁玄できるのではないかず思う。文孊的銙りの高い江戞情緒溢れる衚珟が魅力。萜語の様匏矎を远及した人。ただ、その割にはわかりやすい。磚き䞊げられた江戞匁の艶

六代目春颚亭柳橋倧波にも䌌た芞のうねり。晩幎には奜奜爺が昔話をするような語り口になり、独特の調子でおおらかな高座。流れるような調子のよさず独特の節回しが、生理的な心地よさを醞し出しおいた。

八代目䞉笑亭可楜䞀八九八䞀九六四カミシモを最小限にしか぀けない。それだけではなく、シグサそのものも決しおオヌバヌには挔じない。たた、発音も聞きなれない聎衆にはわかりにくく、口の䞭でものをいったり、語尟が消えたりずいった印象を䞎える。りケを狙わず、掟手さを嫌う、枋い芞颚。シグサずいうものが必芁なものではあっおも、それを過床に挔じたり、それで笑いをずるこずに察する犁欲的な態床があった。それがなくおも、舌先䞉寞の話術で聎衆をひき぀けられる自信があった。独特の颚貌ず生粋の江戞前の口調で、熱烈なファンに支持されおいる。ちょっず舌足らずな口調でがそがそず喋り、明るくもなければ陜気でもないのにおもしろいずいう、芏栌を倖れた味の持ち䞻。どんなネタでも可楜ふうの味がした。可楜の萜語は聎き手に䞭毒症状を起こす。はっきり蚀っお䞊手くはない。口調はよくないし、陰気だし、第䞀面癜くない。しかし、あの語り口がすごい。厳密に蚀えば、可楜が萜語を語るずきの蚀葉の合間に吞ったりはいたりする空気の音が、䞭毒の原因だ。わたしはこの空気いなぜか倜を感ずる。可楜のオチの挔じ方は、オチの前にたっぷり間をおき、それたでずは違う、地にちかい口調でその郚分を蚀うものだった。そこに、ファンにはたたらない、独特の味があった。

四代目䞉遊亭円遊暩助ものや、䜓隓をいかした「箒間腹」などを埗意ずし、軜劙排脱な語り口は玄人筋に奜たれた。たた、講座の明るい色気も魅力のひず぀だった。䞉代目春颚亭柳奜䞀八八八䞀九五六十八番 野ざらし、がたの油柳奜の語り口は「唄い調子」ずよばれるリズミカルなもので、流れるような口調が特城である。人物によっお声を぀かいわけるずいうようなこずは少なく、䞀歩たちがえるず、䞀本調子になる危険をはらみながら、それでいお単調さにおちいるこずはなかった。それは、間を効果的に぀かっおいたからである。

五代目柳家小さん「爆笑萜語の萜ずし穎は、最初に客を笑わせすぎるず、笑いくたびれお、あずぞゆくに぀れお笑いがしがんでゆくこずだが、それを防ぐために、話の流れを十分蚈算し、䞉分の二たではそのたた持っおゆくが、あずの䞉分の䞀が勝負どころで、だんだんたたみこんで、客にスキを芋せずに、䞀気にサゲたで持っおゆく。」淡々ずした語り口で動䜜も最小限でありながら、人物描写のスケヌルは桁違いに倧きいのである。衚情、特に目の芞ずどくずくの間で、人物描写や生掻心理、登堎人物の人間関係たで的確に衚珟するその力量は、他の远随を蚱さなかった。小さんの芞はすべお蚈算し぀くされおいるのです。抑えお抑えお、淡々ず面癜いこずを蚀う。そこぞ持っおきお匷烈なフラたで持ち合わしおいるからすごい。さらに人間をしっかりず描いおいるから脱垜だ。じ぀は本圓に人間を描きたいず思ったら、衚情や口調は抑えるべきなのだ。人間を出そう出そうずしお掟手になればなるほど、挔者自信が顔を出しおしたう。

立川談志「萜語は人間の業だ」ずいったのは談志である。どういう意味かずいうず、人間ずは匱いものだ。眠くなれば眠っちゃうし、食いたければ食っちゃう、勉匷しろったっお嫌だず思えばやらない。こういった人間の業を認めおやるのが萜語っおこず。努力しないで蚀い、ずいうわけではないが、人間っお所詮そんなもんだろ、っおこずを蚀っおいるのだ。「萜語はむリュヌゞョン」だずいった。人間は非垞識なものであっお、ほっおおくず非垞識になっおしたうので垞識をこしらえお瀟䌚を築いた。だけど萜語の䞭ではこの非垞識を認めおやろうよ、䌚話ひず぀ずっおももっずわけのわからないこずを皆蚀っおいるじゃないか。萜語っおそういうわからないむリュヌゞョン的なものじゃないか。「緑の䞋で飌っおいたキリンどうした」「ああ、ずっくりのセヌタヌが嫌いだからっお家出したよ」。人間の䌚話なんおこんなもので、意味なんお珟代萜語䞭興の祖

䞉代目叀今亭志ん朝父の志ん生から受け継いだよさを生かし぀぀、文楜の掗緎された様匏矎、円生の挔劇的芁玠を加味しお、独特の志ん朝萜語を築き䞊げた。志ん朝の聞き易さはそのリズムずメロディだ。「堀の内」なんお聞いおみるず、志ん朝の萜語が歌であるこずがよくわかる。優れた萜語家は、先茩の噺をそのたた挔じるのではなく、それを自分なりに構成しなおしおいる。実際の口挔では、これにくわえお、テンポや間の工倫が必芁になる。この点に関しお、叀今䜎志ん朝は屈指の挔者である。ずんずんず噺を盛り䞊げお、さっずきっお萜ずすテンポのよさには、他の远随を蚱さないものがある。

十代目柳家小䞉治䞀九䞉九人物描写を基調にした着実な芞颚。無理に聎衆を笑わせるようなこずはしない。登堎人物の性栌をしっかりず描くこずにより、その人物の自然な蚀動から生じるおかしみを感じさせるのを特城ずする。さらっずした芞颚。迫力ず掟手さには欠ける。