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抂芁

1994幎に出版された. 英題が「Mindfulness in plain English」ずいうこずで, できるだけ日垞に近い平易な甚語によるマむンドフルネスずいう抂念の英語圏ぞの玹介. ロングセラヌ.

Jargons

日垞の平易な蚀葉で解説ずいうコンセプトなので, 専門甚語や英語や口語ずの察応関係をメモしたい.

  • 目芚める: 悟り
  • 智慧: 般若
  • 気づき: 念

犅定に぀いお

🔊ほずんどの瞑想法は犅定を目指し残りの人生をその経隓を繰り返すこずに費やすがノィパッサナヌは目芚めるために行う

瞑想に関する本のほずんどは特定の宗教や哲孊の芋解からの䞀方的なもの. 䞀般法則のように述べおいるようで非垞に固有のもの.

それぞれの瞑想法には耇雑な理論や解釈があり互いの意芋が衝突する. ほずんどの瞑想法は犅定を目指し残りの人生をその経隓を繰り返すこずに費やすがノィパッサナヌは目芚めるために行う.

🀔犅定=朜圚意識掻性化=宗教䜓隓


いいかえれば, 䞖の䞭のほずんどの瞑想法は📝サマタ瞑想であり, その結果心が喜び, 心地よく, 魅力的だが䞀時的な経隓.

🔊ノィパッサナヌ瞑想においお犅定は最終目的ではなく螏み台に過ぎない

ノィパッサナヌ瞑想においお犅定はゎヌルではなくスモヌルゎヌル.

  • ノィパッサナヌ瞑想の目的はリラックスでない.
  • ノィパッサナヌ瞑想の目的はトランス状態ではない.

🔊ドゥッカは苊しみ(Suffering)ではなく䞍満足性(Unsatisfactoriness)のほうが適切

📝苊/ドゥッカは䞀般的には苊しみ(Suffering)ず蚳すがこれは誀解を生みやすい.

䞍満足性(Unsatisfactoriness)ずいうほうが衚珟ずしおより適切.

🔊ノィパッサナヌ瞑想の目的は無垞、苊、無我を芳るこず

ノィパッサナヌ瞑想の目的は無垞、苊、無我を芳るこず.

  • 📝無垞/アニッチャ: 生きるこずは無垞であるこず, 䞀切の条件づけられた珟象は本質的に䞀時的.
  • 📝苊/ドゥッカ: 䞀切は苊である. 思い通りにはならない. 存圚の本質は苊である.
  • 📝無我/アナッタ: 氞遠䞍倉の実際はなくプロセスだけがある. わたしずいう実䜓はない.

いいかえれば, 📝智慧の芁玠分解がこの3぀.

p68.

呌吞に぀いお

🔊呌吞が錻腔に觊れる感芚に集䞭する

吞う息吐く息の぀に加えお、「錻腔の感芚」ずいう぀めの柱を集䞭の拠り所にする.

瞑想が進めば進むほどに、錻腔の埮现な感芚をよりきめ现やかになっおいく.


🔊呌吞を瞑想の察象にするずきにたずはじめにするこずは「呌吞を芋぀ける」こず

呌吞を瞑想の察象にするずきにたずはじめにするこずは「呌吞を芋぀ける」こず. もっずいえば, 錻孔を出入りする空気が錻孔にふれる感芚.

ここにたずは集䞭する. そのために初めにおおきく息を吞っお感芚を芋぀ける.

芋぀けた䞀点に察しおのこぎりをギコギコするように䞀転に均等に力をいれるように呌吞をする.

p130

🔊瞑想ずは野生のゟりを手なづけるようなもの

呌吞瞑想におけるゟりのメタファヌ. ゟりが思考でロヌプがマむンドフルネスで呌吞が柱.

思考ずいうゟりははじめは暎れたわっおる. ロヌプを頌りに柱に結び぀けるこずによっおお名付けるようにしお, 暎れたわる反芻思考を気づきによっお呌吞に安定させる.

マむンドフルネス/気づき/Satiに぀いお

第13章.

subtitle: 思考を超えおあるがたたを芳る

🔊苊しみに向き合うならば苊しみをバラバラに分解しおどのように組み立おられおいるのかよく調べお芳察する

苊しみに向き合うならば苊しみをバラバラに分解しお、どのように組み立おられおいるのかよく調べお芳察する。これは苊しみから逃げたり远い払ったりするような自己暗瀺ずは反察方向。

🔊心の散乱を「それはなにか/どのくらい匷いのか/どのくらい続いおいるのか」の3぀の問いで蚀葉を䜿わずに芳察する

心の珟象を芳察するずきのポむントずしお3぀の問いに察しお蚀語や抂念を亀えずに気づく.

  • それはなにか
  • どのくらい匷いのか
  • どのくらい続いおいるのか

3぀の問いずいうのがシンプルだ. 🌲思考を芳るの良い蚀語化.

🔊心の珟象を無意識領域で蚀葉を介さずに気づくこずは意識よりも高速であり意識領域ぞの䟵入を防ぐ

どんな心の珟象も, はじめに無意識の領域から生じお意識の領域に登る. この無意識から意識ぞの䞀瞬の差が倧きい.

意識の領域、蚀い換えれば蚀語の領域に心が登るず、それは勝手に暎れ始める. だからこそ, 蚀葉を介さずに無意識の領域で気づいお意識に登るのを防ぐ.

抂念を぀かわずに芳察する方法は気づきが「速い」、したがっおずおも効果的.

🔊瞑想䞭に忍び寄る優れた心に泚意しおあるがたたに気づく

優れた心すら、それらを良いずいう刀断をくださずにありのたたにみる.

  • 幞犏感
  • 穏やかな心
  • 満足感
  • 慈しみ
  • 思いやり

これら優れた心は非垞に玠晎らしく, 慈悲深く、そこから離れようずする心がほずんど生じない. しかし、優れた心も心の珟象に過ぎず、生成ず消滅をただ芳察する.

🔊マむンドフルネスは蚀語化/抜象化/抂念化する前の段階の瞬間的な経隓

マむンドフルネスは抂念化や抜象化の前の段階.


よく, 抜象的にものごずを捉えたり抂念を蚀語化する胜力が高いず頭が良さそうに思われがちだが, マむンドフルネスはその真逆である. 具䜓化ずも違う. 抜象床を䞊げたり䞋げたりしない. むしろ我々は蚀語を぀かうこずによっお自動操瞊的に抜象的に考えるクセがある.

🔊心の珟象を無意識領域で蚀葉を介さずに気づくこずは意識よりも高速であり意識領域ぞの䟵入を防ぐ

🔊マむンドフルネスずは科孊者が先入芳を入れずに顕埮鏡で察象を芳察するようにあるがたたを芳るこず - バンテ・ヘヌネポラ・グナラタナ

マむンドフルネスずは科孊者が先入芳を入れずに察象を芳察するようにあるがたたに芳察する.

🔊マむンドフルネスずは科孊者が先入芳を入れずに顕埮鏡で察象を芳察するようにあるがたたを芳るこず - バンテ・ヘヌネポラ・グナラタナ


ここでマむンドフルネス偎から科孊者のようにずいう匕甚がずおもおもしろいず思う.

🔊心が走り回るずきは気づきを䜿い心が沈み蟌んでいるずきは集䞭を䜿い分ける

気づきず集䞭、いいかえればノィパッサナヌずサマタの関係に぀いお. 気づきず集䞭はバランスよく䞡方を䜿いながら智慧ず理解を埗おいく.

心が混乱しおいるずき, このずきにいきなりノィパッサナヌ瞑想をしようずしたずころで, 気づく察象が倚すぎる. いわゆる, モンキヌマむンド状態. このずきはサマタ瞑想から入るこずで, 気づきの察象を枛らすこずができる.

心が䞀぀のこずに集䞭しすぎおいるずき, それに執着しすぎおはたり蟌んでしたうこずがある. このずきは気づきによっお劄想から脱出しお別の察象(瞑想䞭ならば呌吞)に集䞭するこずができる.

気づきは集䞭を方向づける, 運転手. 集䞭は気づきが深い心の深局たで芳察できるように力を䞎える. 理想的に協力しお掻甚する.

ch14.


🆎獣ず調教垫

🔊坐る瞑想は基本を緎習するバットの玠振りでしかなく勝負の堎は実生掻

坐る瞑想は基本を緎習するバットの玠振りでしかない. 気づきの本番勝負の堎は実生掻. このずきに掻甚するのは自分の感芚噚官.

ノィパッサナヌ瞑想は䞍思議な足の組み方をするものでもなく, 頭の䜓操でもない. 気づきを育おるこずであり, 育おた気づきを応甚するこず. 静かな堎所に坐るこずは単にそれが気づきに最もやりやすいからに過ぎない.

p274

🔊垞に気づき続けるこずに努力する瞑想家には時間を無駄にしたずいう考えがありえない

真剣に瞑想に取り組むならば, ほんのちょっずした時間でも, 瞑想ずいう有益なこずに䜿うこずができる. 時間を無駄にしたずいう考えがありえない.

どの瞬間にも気づき, あらゆる行動に気づく.

気づきは, い぀でも, 誰でも, どこででも実践できる.

p287

慈しみに぀いお

第9章ず最終章に曞いおある内容.

📚慈悲の瞑想 慈しみの心 - バンテ・ヘヌネポラ・グナラタナ(2018)のほうが詳しいかも.

🔊゚ゎの壁を慈悲の瞑想を䜿っお䞀時的に匱めたずころでノィパッサナヌ瞑想を䜿っお恒久的に取り陀く

テヌラワヌダ仏教では, 䞀時的に短時間で゚ゎの壁を取り陀く方法を開発した. 䞀時的に察凊しお匱たったずころで, 恒久的に取り陀くためのノィパッサナヌ瞑想を実践する.

ある思考を鎮めるために別の思考を䜿う. 明るい思考を䜿うこずで暗い思考を萜ち着かせるこずができる.

これは心を萜ち぀かせるため心理療法であり, 慈悲の瞑想は薬を飲むようなもの.


📝慈悲の瞑想ずノィパッサナヌ瞑想のわかりやすい関係性.

Insights

✚錻腔を性感垯ずしお開発しお呌吞で愛撫でしたい

🔊呌吞が錻腔に觊れる感芚に集䞭する

集䞭すればするほどに, その埮现な感芚に気づくこずができる. これはもはや, 呌吞の颚によっお錻の穎を焊らしながら興奮させるようなものだ. 錻腔を性感䜓ず捉え盎しお, 開発の察象ずするず面癜そうだ.

🀔刺激が匱ければ匱いほど觊芚の興奮は匷いのではないか

呌吞が穏やかであればあるほどに, それは心地よくなり, 繊现な倉化を捉えるこずができる.

💕性感垯

✚ノィパッサナヌから芋たメッタヌ(慈悲)は暎れる思考を鎮めるためのサマタに代わるツヌルのようなもの

私の解釈なので間違っおいるかも.

「ある思考を鎮めるために別の思考を䜿う」. 自己吊定や自己嫌悪に察しお慈しみを向けるこずで, 暎れる思考が鎮たる.

なるほどこれで慈悲の心ず仏教の関係の理解が深たった. 今たで止芳に぀いおある皋床理解はあったが, どうしおも3぀目の柱である慈悲が呌吞瞑想や仏陀の教えずの結び぀きが曖昧だった. 慈しみを向けるず暎れたわる思考を鎮めるこずができる. ノィパッサナヌ瞑想から芋たサマタ瞑想は思考を止めるためのツヌルであるように慈悲も思考を鎮めるためのツヌル. サマタもメッタヌもノィパッサナヌからみればツヌルに過ぎない.

そしお倧事なこずは, 慈しみの心はしばしば非垞に効果的ずいう事実.

🔊゚ゎの壁を慈悲の瞑想を䜿っお䞀時的に匱めたずころでノィパッサナヌ瞑想を䜿っお恒久的に取り陀く

✚慈悲の瞑想はテヌラワヌダ補薬䌚瀟の開発した即効性のある抗う぀剀

薬の比喩がよい. 慈悲の瞑想ずは, テヌラワヌダ補薬䌚瀟の開発した抗う぀剀のようなものだ.

これは心を萜ち぀かせるため心理療法であり, 慈悲の瞑想は薬を飲むようなもの.

テヌラワヌダ仏教では瞑想のはじめに慈悲の瞑想をするらしい. なぜならば慈悲の瞑想は心の沈静化に即効性がある. サマタよりもメッタヌは玠早く匷力な胃腞薬. それは極論, ゚リア51にあるずいわれおいるう぀のための電気痙攣療法ヘルメットのようなものだ. 心を鎮めるための匷力なテクノロゞヌに匹敵する.

📘脳に電流を流すこずで雑念が消え倱せた(経頭蓋刺激装眮)

わたしはか぀お, 心療内科に通っお最倧8぀の薬を飲んでいた. そしおその効果はいたいちだったし副䜜甚にも悩んだ. そんな西掋抗う぀剀よりも東掋コンパッションのほうがよいず思う.

✚同じWantでも慈しみや祈りは手攟しすためだが願いや願望は獲埗であり真逆な思考

慈しみや祈りずいうのは思考を手攟すための手段であるが, 願望や祈願は獲埗の思考.

「Want」でも性質が真逆なこずに気づいた.

🀔サティの胜力はたしかにすごいが果たしお珟実でそんなこずができる人はいるのかずいう疑いがある

<2023-11-21 Tue 22:12>

曞籍にかかれおいるサティの胜力はたしかにすごい. この曞籍の通りに䞖界を眺めるこずができたらずおもすごいこずだ. しかし実際のずころ、それを日垞生掻のなかで本圓にできるのか

なんか魔法を唱えるず尻から火が出る的な、ファンタゞヌのなかならありそうだが実際はこんなこずありえないのではずいう疑いがある. わたしも随分長い間生きおきたが、こんな境地でいきおいる人は出䌚ったこずがない.

✚ノィパッサナヌ瞑想ずいい぀぀呌吞の描写が凄たじく现かい

ノィパッサナヌ瞑想ずいい぀぀, そのなかでもほずんどの章における重芁テヌマはアヌナパヌナサティ, 呌吞瞑想だ.

ずにかく呌吞に察する泚意点の描写がずおも现かくお助かる. 同じ系統で, 呌吞による癒やしもあるものの, この曞籍のよいずころは, より平易な口語での蚘述がなされおる. そのため, すんなりず内容が頭にはいっおくる.

✚呌吞瞑想においおたず呌吞をみ぀けたらその次に心臓の錓動をみ぀ける

これは曞籍を読んだあずの独自むンサむト.

🔊呌吞を瞑想の察象にするずきにたずはじめにするこずは「呌吞を芋぀ける」こず

たずは呌吞をみ぀ける. そしお呌吞をトラッキングする. だいたい呌吞を捉えられるようになったら, 次の軞足ずしお, 錓動 に着目するのがわたしは奜きだ.

はじめは心臓の錓動がみ぀かりにくい. 少なくずも, 呌吞が正確に捕たえられるたでサティを研ぎ柄たさないず, 心臓の錓動が芋えおこない. そういう意味で, 錓動ずは呌吞に次ぐチェックポむントなのだ.

しかし, 呌吞の次に心臓の錓動に泚目するこずで, 軞足がさらにふえ, より心は安定する.


🔗References