🎥レ・ミゼラブル(2012)
2012年のミュージカル映画作品.
レ・ミゼラブルについての映画はたくさんある. たしか大学生のときも別のレ・ミゼラブルの映画はみた. 2012年にみたのは社会人2年目だったかな?
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🎹One Day More - レ・ミゼラブル
Les Misérables | “One Day More” | 10th Anniversary - YouTube
🎹I Dreamed a Dream - Fantine
Les Misérables (2012) 720p mkv I Dreamed a Dream Fantine†§(with subtitles) - YouTube
🎹Who am I? - ジャン・バルジャン
Les Miserables OST 2012 - Who Am I? - YouTube
🎹Another story must begin - ジャン・バルジャン
I’ll escape now from that world From the world of Jean Valjean Jean Valjean is nothing now Another story must begin!
What Have I Done? | Valjean’s Soliloquy | Les Misérables | Screen Bites - YouTube
レ・ミゼラブルTopics
💡ユーゴーによるレ・ミゼラブルでの貧困の描写
人間のどんな社会にも、劇場で「奈落」とよんでいるどん底がある。人間の社会を鉱山にたとえると、そこには二つの層がある。上方の層、それは、宗教の坑道、哲学の坑道、政治・経済の坑道、革命の坑道、といったものが縦横に走っている層であるが、今いっているどん底、奈落のそこは、それらの坑道からさらに下の層、つまり光の届かぬ闇だけの穴蔵、地獄としかいえない層のことである。
そこにうごめく不気味な人影、それは、ほとんど獣にも幽霊にも等しい姿である。思想も言葉もない。ましてや、世の中の進歩などにはまったくの無関心、無関係である。彼らの考えることといえば、ただ自分の欲望を満たすことだけである。彼らには二人の母がいるが、どちらも邪険きわまる母である。つまり、無知と貧困という母である。
そこには貪欲だけが支配している。飢えと渇きが出発点であり、悪魔になることが到達点である。人間はみな同じである。同じ土から生まれたものである。少なくともこの世での宿命には、なんの差別もない。つまり、前世では同じ闇、現世では同じ肉体、来世では同じ灰である。しかし人間をつくっているねり粉に無知が混じると黒くなる。その黒さが内部にまで達すると、「悪」となる。
ゴッホの感想
ファン・ゴッホ.
「ユゴーの『レ・ミゼラブル』を今読んでいるところだ。いろんな感情のみずみずしさを忘れないようにするためには、こうした書物を再読するのがいいことだと思う。とりわけ人間性への愛とか、それから、より高いところにあるなにか、要するにかの高みにあるものへの誠実とそれについての意識といった感情だ。こうした書物は人の心を熱くする。ミレーの作品と同じようにこの作品は激した心とよばれるものによって書かれている。」
レ・ミゼラブルInsights
大学生のときの感想
映画を見て感動し、読んでみた。いろいろと、考えさせる本。感動を受けた本。このような考え方、生き方を参考にしたい。人生の書のひとつ。
📜ジャンバルジャンがんばるじゃん
わたしが大学生のときにレ・ミゼラブルを読んでいたら, 友達(ツァラトゥストラを読んでいる友人)がいっていたギャグ.
レ・ミゼラブル名言
📜立派な人間は、天頂に星がきらめくときに、みずからの精神に火をともすのだ。- ジャン・バルジャン
📚レ・ミゼラブル - 清水正和訳 福音館書店
大学生のときに図書館で本を借りて読んだ, 再読したい作品.
レ・ミゼラブル: はじめに
法律や慣習によるきびしい社会的制裁が存在する限り、つまり、神聖であるべき運命を人間がゆがめ、この文明社会の真っただ中に、宿命的な地獄を作り出しているかぎり、また、今世紀が抱えている問題、すなわち、貧困による男の堕落、飢餓による女の転落、暗黒におびえる子供たちの不幸、この三つの問題が解決されないかぎり、また、あちらこちらの地方で、社会的な窒息状態の生じる可能性がある限り・・・要するに、この地上に無知と悲惨が存続する限り、このような性質の書物も決して無益ではないだろう。
ミリエル司教
「人間は肉体を持っているが、それは重課であるとともに誘惑である。人は肉体を引きずって歩き、その誘惑に負けやすい。それを見張り、できるだけ抑制しなければならない。」
「無知な人にはできるだけ教えねばならない。教育を無料にしないのは社会の罪である。社会は自らのつくった暗黒に責任がある。魂は闇に包まれ、そこで罪が犯される。罪人とは、罪を犯す人でなく、闇をつくる人なのだ。」
「あれがあんなに恐ろしいものとは思わなかった。死は神の手にのみあるものだ。どんな権利があって人間は、この計り知れないものに手を触れるのだろうか。」
彼は、苦しみ悩むものの上に、罪の償いをするもののうえに、身をかがめた。彼には、世界が大きな病気のように思われた。いたるところに熱病を感じ、痛みを覚えた。しかもその謎を解こうとはせず、傷に包帯をしようとした。この世に存在するものは、このまれにみる善良な聖職者にとって、なぐさめを求めている永久に悲しいものなのであった。
ジャン・ヴァルジャン
労働者である私が、働きたくても仕事がなく、パンにもありつけなかったというのは、重大なことではないのか?次に、盗みの罪はあるにしても、受けた刑罰はあまりにもひどすぎるのではないか?犯した罪以上の法律の濫用があったのではないか?さらに、脱獄未遂で次々と刑期が延長されて十九年になったのも、強者の弱者に対する暴行ではないのか?これは個人に対する社会の虐待という犯罪ではないか?いったい、人間の社会にそんな権利があるのだろうか?
人生とは戦いであり、自分はその戦いに敗れたのだ、と思い込むのであった。彼にはもはや、憎しみだけが武器だった。それを徒刑場で鋭く磨き、出獄のときにたずさえていこうと決意していた。
「この握りこぶしをみてください。襟首をつかんで離さないように見えるでしょう。そう、こういうこぶしがもう一つあるんです。良心というこぶしが。私は良心に服従する懲役人なんです。
海より大きい眺めがある。それは空である。その空よりももっと大きな眺めがある。それは人間の心の内部である。複雑で、神秘で、無限のものをもつ人間の心、幻想と欲望と誘惑が絡み合い、夢想のるつぼであり、恥ずかしい想念の巣窟であり、さまざまな情念の戦場である人間の心、その内部を、奥底をのぞき見ることは、感動と戦慄なしでは済まされない。これ以上恐ろしいものはない。
それは恐ろしい試練だった。弱いものを下劣にし、強いものを優れた人間に鍛え上げる、運命のるつぼとも言うべき試練だった。人生における不幸とか、孤独とか、貧困とかは、人間を悲惨に突き落とす一方、英雄を生み出す戦場である。そのような無名の英雄の方が、世に知られ栄誉に包まれた英雄よりも偉大なことがある。
彼、ここに眠る。数奇なる運命に耐え、彼は生きた。天命を失うや、彼は死んだ。万物の流転のごとく、昼が去り、夜の来るごとく。