䞀日目駅から成田盎通のバスに乗っお、空枯ぞ。飛行機に乗るこず時間、ミュンヘン空枯到着。それから乗り継いでベルリンぞ。到着は倜の時半。しかし、空はただ明るかった。なるほど、ベルリンは暺倪よりもはるかに緯床が高いのだ。ふいに、トリスタンずむゟルデの第二幕を思い出す。西掋は、倏の倜はなかなか日が沈たないのだな。ホテルにはいっお、パタンキュヌ。

二日目

バスに乗っお、ベルリンぞ。倧聖堂ちょうど、結婚匏をやっおいた。ふいに、「神は死んだ」の蚀葉がよぎる。そこぞ鐘がボヌンず鳎る。なるほど、こうやっおルサンチマンは西掋にはびこっおゆくのだな。なぜがくは教䌚を芋䞊げなければならないのか芋䞊げる、この動䜜䞀぀ずっおも、キリスト教の支配方法を䜓感できる。ツェツィヌリ゚ンホフ宮殿米、英、露、䞖界の䞉倧暩力が䞀堂に䌚し、この郚屋に終結したのか、ず思うず、䞍思議ず恐ろしくなった。そしお、そのように想像するこずは、カッコよくもあった。ベルリン・フィルのコンサヌトホヌル結構汚らしかった。しかも、バスからだから、芋えなかった。歌劇堎は、気づかないうちに通り過ぎた。あたりにも悲しすぎる。ブランデンブルク門門をくぐった瞬間、自分がナポレオンになった気がした。なんだか、敬虔な、晎れがたしい気分になった。フランス囜家が頭に響いた。しかし、それは虚構だ。だからどうした。

シャルロッテンブルク宮殿シェヌンブルンず比べるず、あたりにもちゃちだ。しかし、宮殿内は、ロココ様匏。それこそが、ロココなのだ。たくさんの絵画の䞭に、䞖界史の参考曞でよく茉っおいるワトヌの䜜品「シトヌ島ぞのなんずか」だった気がする。があった。がくは、「あっ、こんなずころにこの絵があったのか」ずビックリした。しかし、その絵に誰も気づかなかった。その絵はロココ様匏の代衚䜜であるが、知らなければ誰からも芋向きされない。芋向きされるのは、矎人女性の肖像画だずか、裞婊画だずかだ。芞術なんお、分からなければなんの䟡倀もないのだ。東ベルリン寂しい。西偎ず比べるず、違いがすぐわかる。建物は汚いし、車はあたり走っおないし・・・東西分裂の圱響は、幎たった今でも残っおいた。ベルリンの壁は、萜曞きだらけだった。

ペルガモン博物通ギリシャ神話の圫刻に感動。ほかの展瀺物は党く芋ないで、䞀぀のフロアだけをじっくり芋た。ああ、時間が足りない。ツアヌだもの、しょうがない。特に、れりスの肉䜓矎、涙が出そうになった。いや、マゞです。今にも動き出しそうな、迫力だった。僕は圫刻を軜芖しおいた。今たでは、どうも絵画や圫刻は、動きがないので退屈だ、ず思っおいた。やっぱり、ショりペンハり゚ルも蚀うよう、音楜こそが芞術の頂点を極めるのだず思っおいた。しかし、ペルガモンの圫刻矀を芋たずき、その生呜感、躍動感に震えがきた。スゎむ恐ろしいがくは心の䞭で叫んだ。ディオニ゜スの圫刻を芋たずき、ベヌトヌノェンの亀響曲の第䞃番の第楜章が頭に鳎り響いた。ワヌグナヌ曰く、これはバッカスの狂宎を描いた曲なのだ。ニヌチェも孊生時代に、ここを蚪れお「スゎむ」ず叫んだこずだろう。その感動が悲劇の誕生を生み出した。僕は、かえったら筋トレをしお、ぜひれりスのような肉䜓矎を手に入れたいず思った。僕は頭がポヌっずしお博物通を出おきたが、倧半のツアヌ客は、ギリシャ圫刻よりも博物通の前を通った電車に喜んでいた。圫刻よりも、電車の方がいいのかなんだか、虚しい。なぜ圌らは、ベルリンにたで来お電車に喜んでいるのだサンスヌシ宮殿は芋孊䞭止になった。䜕でも、䞀幎に䞀床の、音楜のお祭りがやっおいるらしい。倕食で、ベルリナヌビヌルを飲んだ。ゞュヌスみたいで、矎味しい。いや、ビヌルの味がしない

䞉日目マむセンすごいものはすごく、矎しいものは矎しいが、総じお感動しない。するず、ああ、なぜこの矎を堪胜できないのだ、ずすぐに鬱になっおしたうから、がくっおや぀は本圓に厄介だしかし、ここにあるもののほずんどが千幎䞇幎埌には塵ずなっお消えおゆく運呜にあるのだな、ず思うず、滅びの矎を感じた。宇宙創造から続く、氞遠の時間軞の䞭で、たった䞀瞬、土の䞭からこのような矎が人間の手によっお存圚しえたずいうこずが、神秘だ。土から矎ずなっおこの䞖に傑出し、たた土に返っおゆく・・・生み出された瞬間に、それは滅びを内圚しおいる。それでも茝く陶噚は矎しい。

ドレスデンドむツ・オペラ発祥の地。この地から、このれンパヌ・オヌパヌから、偉倧なドむツのオペラは生み出された。ここで、ワヌグナヌのオランダ人、タンホむザヌが初挔され、たたシュトラりスのばらの階士やサロメが初挔された。がくは、憧れに憧れお、この地に来た。ドレスデンの空気を吞うだけで、メロメロに感動しおしたった。しかし、ほかのツアヌの参加者ずきたら、写真を撮るこずにしか関心がない僕は、宗教革呜に぀いおは䞖界史でよく勉匷したし、たた旅行出発前にもかなりドむツの歎史に぀いお勉匷しおきたから、ルタヌの銅像の前に立ったらブルブルずしおきた。しかし圌らは、写真を撮るずすぐに離れおいった。圌らは銅像を芋たのかそんなに早く芋おも、それは果たしお芋たずいえるのだろうか圌らは、話のタネになりそうなものならば、䜕でもいいのだ。ずにかく、ガむドさんが説明するず、䞀生懞呜に写真を撮る。しかも、みんないっせいにカメラを構え、撮る。僕も、初めは䞀緒になっお写真を撮っおたけれど、なんだか写真を䞀生懞呜撮っおいる日本の芳光客の団䜓の䞭にいるこずが、本圓に醜いこずのように感じたので、僕は写真をあたりずらないこずにした。自分の目で、感慚ずずもに、しっかりず焌き付けようず思った。ドレスデン囜立矎術通浪人生の頃、あたりに勉匷に倊んだがくは、䞊野の囜立西掋矎術通にいっお、この矎術通の特別展を芋た。だから、芋たこずがある絵がたくさんあった。なんだか、懐かしかった。ルヌベンスの有名な絵があった。これは、たしか䞊野に来たずきは、ものすごい人だかりで、絵の前に出るだけで分くらいかかった気がするが、これはどういうこずだろう。だれも、絵の呚りにいない。しかも、立ち止たりすらしない玠通りだこれはどういうこずだろういや、そんなものなのだ。僕も含め、みんなバカだなず思った。僕たちは絵に感動したいのではなく、話の皮がほしいのだ。芞術の䟡倀なんお、分からない。歎史的建造物の䟡倀も、囜立歌劇堎も、ルタヌの銅像も、なにがすごいんだか、本圓のずころは分からない。ただ、ガむドブックに茉っおるし、ガむドさんも䞀生懞呜に説明するから、ああこれがすごいんだなず思っお、写真を撮っおしたうんだ。それで、よし、僕はドレスデンに行ったぞ、ずいう気分をしっかり味わうのだ。そうしお人に自慢しお、自己満足を埗るのだ。なんおバカらしい䜕のための旅行か䜕のための芳光か人に自慢するためガむドブックに曞いおあるものを確認するだけ矎味しいものを食べるため気晎らしあたりにも、むなしくないか

ドレスデンの倕食で飲んだ、ピルスビヌルがメチャクチャうたかった。こんなにうたいビヌルははじめおだそれだけでも、それたでのメランコリヌな気分を吹きずばした。

四日目バンベルク倧聖堂祭壇が有名らしいが、僕にはたいしたこずなし。いくら歎史的にすごくおも、僕に蚎えかけなければしょうがない。地䞋宀に入る。真っ暗な䞭、石でできた神官の石像の前で動けなくなった。いったい、なにがおこったのか分くらいずっず立っおいた。ふず我に返ったずき、これが神秘䜓隓、宗教的恍惚、芞術なのかず思った。䜕か、幜霊にでも取り付かれたのかず思った。身䜓がずおも熱くなり、心臓がどくどくずなっおいた。音楜でものすごく感動したずきの、至高䜓隓ず同じ状態だった。石像、しかも誰が぀くったんだかわからない、たた誰からも芋向きもされない無名の石像が、いったい僕に䜕をしたずいうのだ神が乗り移った神が降臚したしばらくしお、ものすごく躁な感芚、生の高揚感を芚えた。ニヌチェの蚀葉を思い出した。「芞術ずは、どうあっおも生はよいものだ、ず思える心情ぞずもっおゆくものだ。」

叀本屋があったので、ふらっず入った。ふず僕はこういった。「ツァラトゥストラツァラトゥストラドゥヌナヌハブツァラトゥストラ」女性の店員は、東掋の倉わった青幎がツァラトゥストラツラァラトゥストラずいっおいお、ビックリしたようで、でも奥の方からちゃんず本を取り出しおくれた。ナヌロで、ツァラトゥストラはかく語りきのドむツ原曞を手に入れた。でも、僕はドむツ語ができないので、こういうのを昔の人は豚に真珠ずいったそうだ。僕は店を出るずき、「I came from Japan to buy it」ずいったら、女性の店員は喜んで笑っおくれた。ああうれしい。ちょうしにのっお、別の本屋にも入った。ワヌグナヌのニヌベルングの指茪があったので、買った。なんず枚組みで、ナヌロ。䞀枚ナヌロ。安い安すぎるドむツの芞術、バンザむしかし、オケがBadische Staccapileだっお。指揮者も知らない。バンベルクの管匊楜団かなでも、なんかうさんくさい。倉なむンドの山奥の管匊楜団ずかだったら、やだな。ちゃんず聎けるのかな、これそれにしおも、ドむツの女性の店員は、きれいだなぁ。ゲルマン人は矎しい。金髪碧県、色癜高い錻。アヌリア人は優勢血統だ店を出るずきにDankeなんおいわれおみろ、もうこのたた倩に召されおも珟䞖に悔いはないぞ。

ニュルンベルクワヌグナヌの楜劇「ニュルンベルクのマむスタヌゞンガヌ」の舞台ずなった町。ナチスの䞭心郜垂であり、町のが砎壊された町。しかし、ほずんどの家が、昔どおりに䜜り盎されおいた。が砎壊されたずは、ずおも思えなかった。僕は、普通の芳光客がいくようなずころには目もくれず、真っ先にザックス広堎を目指した。感激ああ、ここで歌合戊が行われ、最埌にザックスが「神聖ロヌマ垝囜は煙ず消えおも、ドむツの偉倧な芞術は氞遠に残るだろう」ずいった堎所だ。僕がはじめお聎いたオペラが、マむスタヌゞンガヌであり、ザックスのアリアだった。幎半前、はじめお聎いたマむスタヌゞンガヌ・・・僕はiPODをガンガンにかけた。しばらくそこにたたずんでいた。しかし、そこは芳光客はおろか、䞀般の人もあたりいない寂しい堎所だった。さらにマニアックなずころを目指した。マむスタヌゞンガヌの第䞀幕、䞀番初めの舞台に出おくる教䌚、カテリヌナ教䌚を目指した。ノァルタヌず゚ノァが䞀目で恋に萜ちた、あの教䌚、なんずもロマンチックなずころに違いないしかし、ないないないどこをさがしおもない僕は高い建物をしらみ぀ぶしに探したが、なかった。自由時間をすべお費やしたけど、芋぀からなかった。埌で地図を芋おみるず・・・だっお。いいや、たたい぀かこよう・・・。

日目レヌゲンスブルク倧聖堂はバむ゚ルン䞀矎しいゎシック様匏らしい。しかし、もっず感銘を受けたのが、これたた無名な、小さな教䌚。䞭には人が誰もいず、シヌンずしおいた。それにしおも、なぜ僕は毎日毎日、キリスト教埒でもないのに教䌚に入るのだろうか矛盟を感じおきた。ミュンヘンバむ゚ルン囜立歌劇堎を倖から眺める。矎術通に行こうずするも、迷子になり、䞀時間走る。今日の今日こそ、もうだめだず思ったので、本気で走り回った。なぜ僕はミュンヘンに来おたで、マラ゜ンをしおいるのだろうしかも、芳光を党くせずにここから、僕の気分は䞀気に沈んでいった。

その埌ビアホヌルで倕食。その酒堎は、か぀おヒットラヌが倧挔説をかたしたずころらしい。ここに、ナダダ人ずマルキシズムを培底批刀した若きヒトラヌがいたのだ。がくは、ドむツに行く前にかれの「我が闘争」を読んだ。我が闘争は、ずころどころ、狂った蚘述があるものの、それなりに合理的に曞かれおいる。宣䌝の重芁性に぀いおは、ものすごく詳しく曞かれおいお、ここだけでも読むに倀するず思う。たた、なかには「なぜこんなにもドむツは貧困なのだこのたたでは絶察にいけない。断固ずした匷い意志でこれに立ち向かわなければ」などず、かっこいいこずも蚀っおいるのだ。なので、ちょっずヒトラヌファンになっおいたがくにずっおは、この酒堎もよかった。のビヌルがゞョッキで出おきた。ビックリした。さすがはミュンヘン、氎の代わりにビヌルを飲んでいるのだ。僕はいきれこんで、どんどんビヌルを飲んだが、飲めば飲むほど、気分が沈んだ。ああ、この旅行は楜しくないな。䜕のためにドむツに来たのかなぜ僕は、ここで萜ち蟌んでいるのか楜しいずは䜕だなぜ人は旅行をするのかなぜ働き、なぜ遊び、隒ぎ、そしお生きるのか・・・そんなこずが頭を占めた。僕はテヌブルに䌏せた。ドむツの民謡が聞こえおきた。民族衣装を着たかわいい女性がダンスを始めた。フロアは飲めや歌えやの倧隒ぎ。がくはその空気に耐えられず、先に倖ぞず出た。倖は雚が降っおいた。よっお熱った頬に心地よかった。ここはどこだなぜ僕は今、ミュンヘンにいるのか

日目ガルミッシュ・パルテンキルヘンアルプス山脈の入り口、聳え立぀山々、柄み枡る青い空。ああ、こういう山々を創造しお、ワヌグナヌはノァルキュヌレだずかゞヌクフリヌトを䜜曲したのだな。町の䞭心にリヒャルト・シュトラりス広堎があった。なぜそう呌ばれるのか、売店の人に尋ねおみるず、圌はここに䜏んでたそうだ。倏のシヌズンオフになるず歌劇堎は倏になるず熱いから䌑業する、この避暑地にやっおきお、ここで䜜曲に専念したらしい。ここで「サロメ」だずか「゚レクトラ」ずかが生み出されたのか。ちょっず感動。

ノィヌス教䌚ロココ様匏最高の教䌚。ツアヌの皆さんは、ここを分くらい䞭を芋たら、倖ぞ出おしたい、埌はおみやげやさんを眺めおいた。たただ。圌らは䜕も芋おいない。分くらいの時間で、これが鑑賞できるわけがない。これを぀くるのには、膚倧な劎力ず時間がかけられたのだ。それを分くらいで枈たすなんお。おみやげやさんのほうが教䌚の装食よりも倧事なのかなんだか苛立ちすら感じた。

ノむシュバンシュタむン城ワヌグナヌだすべおがワヌグナヌだそしお、スゎむ人の数いくらピヌクずはいえ、これは蟌みすぎだ。ディズニヌランドにきたような気分だった。正盎、りザかった。僕はこの城が憧れだった。ルヌドノィヒ䞖はこの城を「最もも神聖で厇高な、倩に近い城」ずいった。僕も、そのような心構えで来た。しかし、ここにいる倚くの芳光客の䞭で、誰がそんなこずを考えおいるだろうかベラベラペチャクチャず隒ぎ立おるかれらが城に入るこずは、䟮蟱以倖なにものでもない。シンデレラ城ず䞀緒にしおもらいたくない。城の䞭は、ワヌグナヌ䞀色だった。なんずすばらしいこずだろうかすべおの郚屋に、ワヌグナヌのオペラの絵がある。すごいすごいタンホむザヌ、ロヌ゚ングリン、トリスタン、ノァルタヌ、ゞヌクフリヌト、そしおパルシファル。ヒヌロヌ倧集結だ。倧乱闘スマッシュブラザヌズだ。そしお、ワヌグナヌを厇拝する僕にずっおはどれだけうれしいこずかはじめお通された郚屋が玉座の間。そこはパルシファルの儀匏の間を暡倣しお䜜られた郚屋だった。僕が浪人生の頃にはじめお買ったオペラが、クナッパヌツブッシュのパルシファルだった。ああ、すばらしい。タンホむザヌの歌合戊の間もある。ノェヌヌスノェルクの掞窟もある。しかし、䞀般の人はこの感動を味わうこずができないのだ。それだけで、自分は埗をしおいる気がしお、優越感に浞った。ワヌグナヌのオペラを知らない人は、この城にはいっおなにが面癜いのだろうかシンデレラ城で十分ではないか

倜は、ノむシュノァンシュタむン城のふもずのホテルに泊たった。なので、ラむトアップされた城がすぐに芋るこずができた。なんお綺麗なんだなんお矎しいのだこの瞬間よ、氞遠に・・・。その倜はワヌグナヌ尜くし。倖に出お城を眺めながら、iPoに入っおいるワヌグナヌの音楜に浞り、䞀人恍惚ずしおいた。こういうのを、幞犏ずいうのだろう。ずたれ、お前は矎しいそのようなひず時だった。

倜䞭の時半、目を芚たした。ふず倖を芋るず、驚いた。星が空から降り泚いでいた。ビックリしお倖ぞず飛び出した。がくは湖たで駆け出しおいった。倖は党くの静寂、そこに深倜時を知らせる教䌚の鐘が寂しく鳎り響いた・・・恐るべき矎しさ恐るべきロマンスアルプスの柄み切った空気は星の茝きを党くさえぎるこずなく、星は僕の頭䞊ぞず降り泚ぐ。ああ、降り来よ、星の倜よ生きおいるこずを忘れさせろトリスタンずむゟルデは、きっずこんな倜を過ごしたに違いない。僕はノォルフラムの倕星の歌を聞いた。あたりにも矎しすぎる倜だった。

日目翌朝、ホテルにポシェットを忘れおきた。トむレをするずきにはずしお、そのたた眮き忘れた。その䞭には、倧金が入っおいた。祖父のお金ずずもに、僕の䞀か月分のバむト代も含たれおいた。䞇くらいが盗たれた。前日があたりにも幞犏だったので、萜ち蟌み具合はものすごかった。それからずいうもの、どんなに矎しい景色を芋おも、䜕も心を動かされなかった。なにを芋おも感動しない。䜕も感じない。それから埌は、旅行が終わるたで、ずっず萜ち蟌んだたただった。絶望しかなかった。䞇・・・なんおがくは情けないのだろうか・・・。䞖界が䞀瞬にしお闇に芆われた。星の光が党く届かない所たで、がくは来おしたったようだ。なんお䞖界は暗いのだろう

ロヌテンベルク城壁で囲たれた町。犯眪博物通が印象に残る。拷問に䜿われた噚具が展瀺しおあった。人間はこんな残酷なこずを考え぀くのか、ず思った。このようなものは隠されおしたっお、孊校では教えないから恐い。実際に、どの町の広堎でも、䞭䞖の魔女狩りの際に、䜿われたのだろう。ああ、ここの広堎でも・・・。

日目ハむデルベルク倧孊ず町が䞀䜓ずなっおいた。そうか、僕の勉匷できない理由が分かったぞ。環境が悪いのだ。こういう、自然ず歎史に囲たれた倧孊に来れば、僕の勉匷もはかどるものを・・・。がくは、東京のごみみたいな、廃墟ず化したビル倧孊に通っおいるから、勉匷もはかどらないんだ。そうだ、ハむデルベルクみたいな、広倧な敷地ず環境に囲たれれば、がくは本圓の力が出せるのだろう。哲孊の道䞘の䞊に、哲孊の道があるずいうので、行っおみたが、たどり着くたでに疲れおしたっお、脳貧血を起こしおしたった。いやはや、こんなに急な坂を䞊るずは・・・。哲孊はおろか、この道にたどり着くたでに、疲れはおおしたっお、頭が真っ癜になっお、ずおも哲孊なんおする気にはならない。汗びっしょりになっお、たるでこれでは哲孊者の道じゃなくお、筋力トレヌニングの道、登山者の道じゃないか

リュヌデスハむムワむンで有名。ワむンセラヌにいった。詊飲をした。円くらいする、高䟡なものたで詊飲させおくれた。ワむンがこんなに矎味しいものだずは知らなかった。ノァむスワむンや貎腐ワむンは、ものすごいうたみが液の䞭に凝瞮されおいるような、濃厚な味がした。たさしく、舌がずろけるようだった。

ラむンくだりものすごく船の䞊は混雑しおいた。たるで、満員電車のようだった。添乗員さんも、こんなに混んでいる船は初めおだ、ず蚀っおいた。暑苊しく、隒がしかった。がくはずっず、䞀階の船倖に出おいた。そこなら人がいないからだ。シュヌマンの亀響曲第䞉番「ラむン」この曲は、僕の最もお気に入りの曲の䞀぀。ラむン川をモチヌフにしお䜜曲された。幞せずはこういうものだ、ずいうこずを描いた曲。これをにいれお、電池がなくなるたできいた。このひず時も、生涯忘れないだろう。たた、そんなこずをしおいたら、肝心のロヌレラむを芋過ごしおしたった。

日目フランクフルトゲヌテハりスゲヌテの生家に行く。なんずもいい家だ。ゲヌテはボンボンのお坊ちゃただったんだな。モヌツァルトの生家ずは、栌が違った。僕の生家ずは、比べるたでもなかった。階に、曞斎があった。この机でりェルテルやらファりストが曞かれたのか、ず思うず感激した。ためしにむスに座っおみた。その瞬間、監芖員の人がどこからずもなく珟れお、怒られた。しかし、座った。僕のズボンには、ゲヌテの垢が぀いたかもしれない。もう䞀生、このズボンは掗えない。展瀺宀には、ロマン掟の絵が食っおあった。有名な「倢魔」だっけの絵もあった。ああ、こんなずころにあったのか。たた、ファりストの堎面を描いた絵もたくさん食られおいた。しかし、時間がなかったので、じっくり芋るこずができなかった。

フランクフルト空枯から、ルフトハンザ航空で、日本ぞず旅た぀。ああ、垰るのがいやだ。

日目朝の時になりた到着。それから、バスに乗っお、時ごろにはもう家に到着。それから寝お、倜の時ぐらいに起きる。

🔵ラブパレヌドの熱狂をみおドむツの偉倧な芞術はクラシック音楜じゃなくテクノなんだず思った

up: 📅Journals 2007