談志の萜語論

🔖萜語論

💡䞉倧萜語論

業の肯定, 非垞識の肯定, むリュヌゞョンの肯定.

📜萜語ずは業の肯定である - 立川談志

  • 富久
  • 芝浜
  • 黄金逅
  • らくだ

萜語ずは、業の肯定だ。人間っおのは、眠くなるず寝ちゃうし、遊びたくなったら仕事を攟りだすし、勉匷しろずいわれたっお、やなもんはやだし。[業の克服」が講談だずするず、萜語は業を肯定する。人間おなあ、その皋床のもんだよ、ず。囜が䞀臎協力しおがんばる時代、業の克服をしないず生産性が䞊がらない。そんな時代に業の肯定をしたから、萜語が喝采を济びた。熊さん、八぀ぁんに自己を投圱しお安心したり、぀らいずきのなぐさめにした。しかし、珟代みたいに、寝たいずきは寝ちゃえ、食いたいずきに食え、みたいに、みんなが業の肯定をするようになっちゃった。我慢したり、努力したりしなくなっちゃった。さァお、萜語はどうしたしょ。

📜萜語ずは非垞識の肯定である - 立川談志

📜萜語ずはむリュヌゞョンである - 立川談志

トピックが倧きいので💡むリュヌゞョン萜語にたずめる.

  • 千早振る
  • 束曳き
  • やかん

🔖非垞識

💡談志・円鏡 歌謡合戊

👚橘家圓蔵垫匠ず談志垫匠による, ひたすらナンセンスな蚀葉を埮劙な぀ながりで぀なげおいく䌝説のラゞオ番組.

談志陳平の蚀いたい攟だい 2006幎12月2日攟送 - YouTubeで番組内で䞀倜限りのリバむバル.

2007に爆笑問題倧田さんずリバむバルしたや぀もある. 立川談志・倪田光 今倜はふたりで - Wikipedia.

📹「䌊集院光 深倜の銬鹿力」ゲスト立川談志によるむリュヌゞョン論(1998/12/14)の䞭で話題に䞊がった.

萜語チャンチャカチャン

耇数の萜語を匥次郎的に぀なげおいく.

東京人 幎月 - 立川談志むンタビュヌ

業の肯定ずいうのは、「むリュヌゞョン」だず思う。むリュヌゞョンずいうのは、孊習しなければ人間なんおのは䜕もありたせんから、孊習はするんです。でも、孊習されたこずが、党郚その通りに出おくるずは限らない。倢の䞭の䞖界のように、非垞に混沌ずしたものが存圚しお、それを孊習ずいう名で、どうやらたずめおいるのが、人間ずいうものである。でも、そのたずたらない郚分があるはずなんですよ。それを求めるから、むリュヌゞョンずいう名の手品を芋たり、倢でバランスを取っおみたりするのではないかず。

📜萜語ずは江戞の颚である - 立川談志

📚珟代萜語論 - 立川談志(1965)

  • <2024-09-24 Tue 15:05> ミニマリストのためにほずんどの曞籍は捚おたけどこの曞籍は残した.

📜䌝統を珟代に - 立川談志

珟代萜語論のテヌマ, たたは遞挙のスロヌガン.

📜このたた行くず萜語が胜や狂蚀ず同じ道を蟿るのは確かなようである - 立川談志

萜語業界ぞの匷烈な譊鐘, 1965.

萜語をやる最倧の楜しみは、萜語の挔出

珟代萜語論より.

萜語の䞭の笑いには、「なるほどなぁ」ずいう笑いず、「奇想倩倖」の笑いず、「くだらないバカバカしさ」の笑いがある。

噺家にずっお萜語をやる最倧の楜しみは、萜語の挔出だ。自分ですべおを、䞻圹から端圹たで挔じわけるこずができるずいうこず。だから、同じ噺でも、その人の挔出、工倫で味が違っおくるし、面癜さも倉わっおくる。ストヌリヌは同じでも、それを挔じる方のテクニックで、話の䞭のムヌドも倉わっおくるし、登堎人物の性栌描写さえも倉わっおくる。

inspired

あなたも萜語家になれる - 珟代萜語論其二

萜語ずは䞀口に蚀っお「人間の業の肯定を前提ずする䞀人芞である」ずいえる。笑わせる䞭に、人間の業の肯定を远及しおいくのを本圓の萜語だず私は思っおいるし、これこそ萜語の本質だず考えおいる。

萜語家は「笑わせ屋」だけではない。笑いはたしかに誰しも持っおいる快き生理であり、歓迎されるものであるが、萜語にずっお倧事なこずは、人間の業を肯定するこずだ。眠いずきには寝ちたうモンなんだ、これだけはしおはいけないずいうこずを、やっおしたうものが人間なのだ。

昔は、人間の枠をはずされたものが萜語家であり、笑われるではなく、嘲われるであり、嗀われるであったのだ。 人間の道埳的な芏範で埋するこずができなかったのである。珟代は萜語家は特殊家業ではなくなっおしたったし、倧衆にずっお文化人ずしお、スタヌずしお、道埳的に生きるこずを求めるようになった。寄垭ず萜語家が、明るく立掟になっおしたったのだ。ワむセツでない芞術はないずいうが、それに近い萜語は、ワむセツ・反瀟䌚・反モラルがあった。萜語家自身、はみ出し者であった。圓時は、寄垭に行くこずは䞍良ずみなされ、遊び人だった。萜語ず萜語家は、やはりそこぞもどるべきなのではなだろうか・これが、萜語家の最埌の砊であり、死に堎所のように私は思えるのだし、そのように生きおやろうずも考えおはいるのだが・・。

 いたや、䌝統だけを語っおいおも客は聎いおくれない。珟代が理解できお、たた珟代人ずしおのメディアを確立したものだけが、䌝統を語るこずができるし、客も聞いおくれる。そのたた珟代をドキュメントずしお通甚しおいるわけだし、これらの人が萜語をやったら倧衆の共感ず支持も倚く埗られる。

 倧衆芞ずいうものは、぀ねにその時代時代のなかで生きおいかねばならぬ宿呜みたいなものをもっおおり、次から次ぞず、時代ずずもに内容・䞻題が倉わっおいっお、その結果、およそ埓来からの萜語ずは瞁遠いものになったずしおも、それなりに意味のあるこずだし、むしろそれこそ萜語ず認めなければいけないのだず考えおいる。

 倧孊の萜語研究䌚でよく蚀うのだが、「きみたち、萜語家の䜜品のリフレむンも楜しみの䞀぀だろうが、キミたちしかできないこず、君たちしか芋えない䞖界、君たちの幎代にしか感じないこずがあるはずだろう。なぜそれを喋らないのだ。第䞀、客は萜語の圢もわからないのだし、䞊手・䞋手を圢の基準で決めたりはしない。逆に圢で決めりゃ、君たちはプロず比范するず前座に毛の生えた皋床だ。なら、むしろ面癜いか面癜くないかで勝負しおみろよ。そうなるず私たちプロも、君たちのセンスを芋習うずころも出おくるはずだが・・・」䜜品を挔じるよりも、䞻題を先に出しおやったら面癜いのではないか。

 業の肯定は、業を克服するずいう人間の心がけがあっおはじめお成り立぀もんだ。本楜それが人間の生き方の基本であったが、このごろでは生き方ぞの努力、぀たり、業の克服ぞの努力が少なくなっおきた珟圚、科孊文明の進歩は、人間になるべく蟛いこず苊しいこずをさせないように、䟿利に䟿利により倚くよりはやくにず進んできた。科孊が進歩するほど業の克服も必芁なくなり、したがっお業の肯定も、受けなくなる危険がある。3/3/08

絶奜調 立川談志 講談瀟

萜語ずは、業の肯定だ。人間っおのは、眠くなるず寝ちゃうし、遊びたくなったら仕事を攟りだすし、勉匷しろずいわれたっお、やなもんはやだし。[業の克服」が講談だずするず、萜語は業を肯定する。人間おなあ、その皋床のもんだよ、ず。囜が䞀臎協力しおがんばる時代、業の克服をしないず生産性が䞊がらない。そんな時代に業の肯定をしたから、萜語が喝采を济びた。熊さん、八぀ぁんに自己を投圱しお安心したり、぀らいずきのなぐさめにした。しかし、珟代みたいに、寝たいずきは寝ちゃえ、食いたいずきに食え、みたいに、みんなが業の肯定をするようになっちゃった。我慢したり、努力したりしなくなっちゃった。さァお、萜語はどうしたしょ。

萜語のバックホヌンである貧乏がなくなっちゃった。珟代人の前で叀兞萜語をやっおも、圌らにはわからない。

珟代の蚀葉が萜語の䞭に入っおくるのは、嫌です。萜語の䞭の情感を壊すから。

経枈的に満足しちゃっおる連䞭になにか蚀ったっおダメだネ。日本はもう発展途䞊囜ではなくなっおから、䞖の䞭をおきずうに仕事しお、お金もらっお満足しおる。萜語の䞖界も、楜な䞖界になっちゃった。「萜語よ、滅びよ」ず思っおる。萜語なんぞなくなっおも誰も䜕も困らない。蚱光俊のクラシック音楜は滅びる、ず同じだ

䜜品よりも、己の存圚の方が、芞人、倧事なんだ。

感情の芞っおのは、感情移入しないずころに成り立っおいるもんで、あたり挔じる人物が感情を出すず、その芞は野暮なのだ。ずころが、これをテレビでやるず、鑑賞に堪えなくなる。

「莅沢な時間」ずいやあ、なんおったっお寝おるずきだ。こんな莅沢なこずはないネ。䜕も生産しないんだから・・・。ふずんの䞭にゞヌっず入っおいるずき、ぬるた湯にボォヌッ、ず぀かっおいるずき、そこでゞヌンずしびれおいるみたいな快感を味わっおいる幞せ。それでいいんだず思っおいる。自分の幞せのボヌダヌラむンが䜎い。それで莅沢しおいるずいう意識が匷いのだ。

 䞀口にいやあ、物の基準がわからなくなった。どれがよくお、どれが悪いのか、わからなくなった。倧人たちが文明に振り回され、量のみの幞犏を远い、子䟛に瀺せなくなった。萜語家ずいうのは、萜語を通しお人間の業を語るものであり、その業を肯定しお、容認しおやるのがその内容だ。垞識ずいう、人間が集団で暮らすために無理しお䜜ったシステム。所詮人間が぀くったシステムだから圓然無理がある。それを぀くこずによっお起きる同感の笑いだったのが、珟代やその基準が厩れ、ここがそれぞれ、かっお基も芋える生掻ができるようになった。早い話が、萜語が通甚しなくなった。「もっず勉匷しろ」。なあ、若い衆よ、人間ずしお生きる努力は芁らないのかね。すべお文明ずいう他人の぀くったもので快適を埗おいおいいのかネ。そんなリッチマンのルヌルができるのか゚。

 すべおの行為ずいうのは䞍快感の解消から始たるんだ。䞀番の䞍快感の解消ずいうのはなんだずいうず、これは死に察する䞍快ね。それから「飢え」「寒さ」、いわゆる「貧乏」ずかね。その䞍快感の解消のためにすべおやるわけよ。その䞍快感の解消を自分でやるのが文化ずいうんだよ。それを人にやっおもらうのを文明ずいうんだよ。俺の呚りにはあたりにも文明が倚くなっお、俺の文化がいられなくなっちゃった。

倧名人の぀もり 立川談志 講談瀟

 垞識ずは、それで抑えないずうたく生掻しおいけなくなっちたうので創り䞊げたもの

 人物や圢にずらわれず、感情泚入ができおしたえば、现かなテクニックによる芞のうたい、ヘタはどうでもよくなる。ようは、その噺を語る萜語家の䞭身だ。生き様だ。

 昔は、垞識は問わず語らずのうちに、瀟䌚に浞透しおいたから、噺家はそれを冷やかせばよかった。でも、今は萜語も、昔ずは違った解釈、構成で再線する必芁があるんじゃないか

 䌝統のリズムずメロディヌがあり、それらにあらゆる「受けるフレヌズ」をぶっこんでやっおみるずか、䌚話ずしお䞍可胜に近いものたで可胜にしおやろう、しゃべっおやろう。そんなこずをしながら萜語をやっおいきたい。

 お前ほどの才胜があるや぀が、䜕でこんなこずができないの

 萜語は個人芞だから䞀人がっおに「狂える」、「狂」になれる。ほかのものだったら共同制䜜だから、それをやったらひどいこずになっおただろう。

 今は、䞖間䜓が少なくなった。垞識ずは、「己ず䞖間䜓ずの共同の䟡倀芳」だが、時代ずずもに倉わり぀぀ある垞識、みんなで共有しおいた垞識がミニになったり、たたはマスコミがそれを動かしおいる䌁業が、金儲けのために垞識のルヌルを勝手に倉えお、それを「垞識」ず蚀わせおいるのではないか早い話が、ファッションショヌだ。萜語ずは、垞識を揶揄し、非垞識の肯定である。

 笑わせるためにはいろんな手を䜿うのは圓然で、叀兞萜語の䞭から「人間の業の肯定」する郚分の抜出、又は匷調。珟代をしゃべるずきは、ニュヌス性、そのものの本質をわたしなりの分解、぀たり解説か、時には眵倒。これが受けるのだ。タブヌを語る。バカバカしい噺、くだらないシャレ、うたいシャレ、぀たりりィット、ナンセンス、パロディ、シニック等々・・・。それらを含めた、ピ゚ロずしおの己をさらす。己の人生そのものを同様に扱う、立川談志そのものがドキュメントずしおの萜語、萜語家。萜語家なんおなあ、䞖の人たちが぀くった人間の暮らしのためのルヌル、぀たり垞識ずいう、無理をしおも぀くらニャ生きおいけない人間たちの、たたそれらを孊習しおいる䞖間ずいうものに、それらは、基本的にいやぁ、無理をしおいるのだから、たたにゃあ、それを無芖したり、反発したり、非垞識を進めお、「自分勝手に生きろい」ずいい、「人生なんざあ所詮なりゆき」ず蚀うのである。

 楜に暮らす方法の数々を文明ず呌ぶ。぀たり、生き延びるための知性が、より楜に生きるための「文明」ずしお発展しおきたこずを俗に「䞖の進歩」ずいう。人間が楜になるこずが良しずされ、すべおがそれに準じおいお、それに参加するために孊校があり、職堎がある。それらは知性ずいうものに支配されおいるから、人間本来の「業」ずもいえる欲望、それぞれの持っおいる非生産的な行為や、反瀟䌚的な行動、思考は排陀されるようになる。それらは垞識ずいうルヌルで抌さえおいるが、抑えおいるのだからどっかで無理が出る。それじゃあ困るから、ある郚分で蚱したのが「芞術」であり、「スポヌツ」であり、「クラブ」であり、「新興宗教」である。しかし、文明は人間を楜にするものではないのだ、ず気づき始めおきたのが今日だろう。欲望のかぎり業をずめるのが知性だが、知性の集倧成である垞識を、どの蟺で線を匕くのか、ずいう問題がある。昔は、䞖間䜓ずいったが、今ではそれがメッチャメチャ。その時のマスコミの流れに埓っおいるだけで、ただやたらにワアワアず叫ぶ。わたしならこういう。「にんげんなんざあ、生きおいるこずにさしお意味も意矩もないのだから「食っお」「寝お」「やっお」チョン、でいいものをそれではあたりにも「生き甲斐がない」ずいうならば、仕方がないからどっかで生き甲斐を探すこった。その生き甲斐は䜕でもいいが、できれば小さい方がいい。他人に、瀟䌚に、地球にあたり迷惑のかからない方がいい。すくなくずも「文明」ずか「正矩」ずか「芪切」ずか「玔粋」ずかにしないほうがいい。そんなものを生き甲斐にするず、圓然それを他人に認めさせたくなるものだから、よしたほうがいい。人間死んだらなんにもないから淋しくおたたらず、なにかいいこずをしようず䜙蚈なこずをする。これは未緎ずいうものだ。

 本なんぞ読んでいるず時間の無駄遣いであるし、了芋が悪くなり人生が混乱する。生きおいくこずに自信が無かったり、䞍安がっおいるや぀が本を読むのである。぀いでにいうず勉匷をするこずを善いこずず決め、「努力」ずいう無理なムダをしたり、必芁も無い知識を埗ようずあがくのが人生なのかもしれナむ。しおみりゃ、無駄なこずである。「努力ずは銬鹿に䞎えられた倢」だし、「貧乏人の暇぀ぶし」だ。本なんざあ、た、趣味ずいうか、「退屈しのぎにいくらか必芁」皋床であっお、酒や女や博打のほうがはるかに健康的であり、身䜓にいい。この情報文化だが、文明だかはワカレねど、「これでもか、これでもか」「さあ来い、さあ買え、これを知れ」ずの日倜の脅迫、䞍安、䞍快。気づいたずきは完党な被害劄想ずなっおいた。

 所詮人間なんおムダなんだ。科孊も道埳もあるもんか、党郚がムダなんだ。

 投祚に行かないこずはけしからんバカいうな。本圓に困りゃあ行動に移す。なにしろ人間の行動のすべおの基本は「䞍快からの脱出」から始たるのだから・・・。

 ずにかく日本人、隒ぎたいのだ。隒ぎの歯止めなんザァいるものか。なにかあったら隒いで、己の生きおいるのを、そこに感じおいるんだ。それが「珟代人の生き甲斐」なのだろう。本圓の自分を芋぀めるず気が狂うかもしれナむからなのだろう。

 人生なんおたいしお意味も意矩もないから、そこになにか意矩らしいものを探しおいるのだ。3/3/08

 萜語を瞊暪無尜に䜿いきれる「己掟」ずも蚀うべきパヌ゜ナリティを倧切にすべきであった。敎理するず、萜語ずいう圢匏を䌝統の線䞊においお仕䞊げおくる「噺家」文楜、円生、小さん・・・ず、時には䌝統の線䞊などをはるかに越え、人情・垞識をはるかに超えた「むリュヌゞョン」の䞖界に近い内容を語っおきた萜語家志ん生、円遊、金語楌、暩倪楌・・・、この䞡茪がくずれだしたのだ。すばらしき個性掟が育たなくなっおしたった。立川談志がなにをやっおきたかずいうず、内容的には、貧乏のどん底、人間の情、ルヌルなぞ出る䜙裕もない、ずにかく生きるのが粟䞀杯で、そのためには、死んだ隣のや぀の腹を裂いおもっおっちゃう「黄金逅」、あれに代衚される咄。たたは、垞識がある皋床出来䞊がったけども、䜜り物だから無理がある。そこでそれらを揶揄する。「芪孝行なんお無理だよな」「倫婊喧嘩はあたりたえ」ずいう䞖界。ずころが、この二぀、飢えず寒さ・・・぀たり「貧乏」は解消される、そしおおたけに、䜜られおきた「垞識」ずいうものの無理ず嘘に気づいおきた。じゃあ、どうする。むリュヌゞョンしか手があるたい。

文句ず埡蚗 立川談志 講談瀟

 人間の業ずは、「人間なんザァ腹いっぱいになりゃあうごかないもんだし働かないもんだ」ずいうこずを前提にしおいた。぀たり、しかたがないから働くのだし、たた、人間の欲望にはかぎりがないもの、ずいっおも知性ずいうものがあるはずだから、どこかで欲望をずめる䜜業をするはずであり、曰く「人間そんなにやるもんではないよ」だった。人間、やっおはいけないこずを決めおいた。それは人間が生きおゆくために必芁なものであり、長い幎月をかけおやっずみ぀け、守っおきたものだ。぀たり、垞識。人間なんお匱い動物だから、知性を働かせお、これを「文明の進歩」ずいう。その延長線䞊に、宇宙の埁服たであるのだろうか

 いい加枛な蚀い方だが、業の肯定ずいっおもそこそこのものであり、それはお江戞の町の人間の䞭での業の克服の限界があった。萜語の登堎人物は、「欲匵るずろくなこずがない」「䟿利になっおもたいしたこずがない」ずいうこずを知っおいた。今の日本はどうだろう。すべお札束しか䟡倀を持っおない。そしおその䟡倀が、「すべおの䟡倀を優る」のが今の日本囜だ。これも業の肯定ずいっおいいのか

 違うずいいたい。どこか人間、知性ずいう歯止めがかかるはずだ。それを含めお業の肯定であり、その知性は文明の進歩に疑問を持ち続けるはずであり、その根本は、生物の生きおいる理由は、皮族の継続ず自己保存ならば、「䜕もそんなに文明を求めなくおもいいのではないか」ずどこかで忠告しおいるはずだろう。

 人間おのは生きるために無理しお暮らしおきた。「文明」なんず蚀っお人間が楜になるために、発明、発芋しおきたが、所詮人間無理しお生きおいるのだから、やはり無理だ。無理しおこしらえたものがルヌルずいう芏則、䜕々䞻矩・・・に「どうも無理があるなぁ」ず䞎倪郎に、熊さんに喋らせおきた。萜語がはやった頃は、䞖の䞭に垞識が定着しおいた。だから、それをからかったり、非垞識なや぀を登堎させお、芳客のどこかに「そうだよな」ず賛同も埗おきた。ずころが、珟代は、そんな垞識がなくなっおしたった。それは貧乏ずいう「飢え」ず「寒さ」がなくなっおしたったから。

 人間の䞀生なんお、所詮「食っお、寝お、やっお、チョン」」で、たいした意矩も目的もないので、それを䜜ろうずする。぀くらないず䞍安でいられない。「死ねねえから生きおるんだし、ただ生きおいるずどうしおも退屈をしたり、぀たらなかったりするから意矩をどっかから持っおきお、それにすがっおいるだけだ。」、

 萜語がわかる萜語家が萜語家なのに、他のほずんどはは萜語ずいう䜜品をただ話すだけ、噺家なのだ。それだから己の䞖の䞭に察する䞍安や䞍満、生きおいるこずの嬉しさ、悲しさ、そしお死の恐怖・それを茶化しおの䞖の面癜きこず、バカバカしきこず、あきれたこず、ものすごいこず、思い切ったこず・・・ずおも喋れない。

 人間、明日を凊理し、来幎を䌁画し凊理するおんで、のべ぀に先ぞ先ぞだから、今日も昚日も、぀たり過去はそのたた未消化に残っちたう。未消化に残っおしたうから仕方なく、忘れよう、ずする。過ぎたこずはない、悔恚すらない。あったら狂う。人間「なにが䞍安か」「なにが情けない」かずいっお、己の過去が確認できないほど぀らいこずはない。だっお自分の歎史が意識から消えちたうのだから。

 最近、なにをしおも぀たらない。ツマラナむずいうのはどういうこずなのかを考える。もし぀たらないのが日垞であり、それが正垞なら倧事なこずだ。無理しお面癜いこずを探すにゃ及ばない。぀たらないが健康であり、幞犏でもある。早い話、なにをしたっお、芋たずお、たいしたこずがないずわかったんだから、それは圓然の反応である。䞖間では、ク゜぀たんないものを無理に面癜がらせようずする

 「業」ずは垞識以倖のもの、非垞識。それに加えお垞識非垞識以前のなんずも説明の぀かない倢のようなものである。それは郚分的には衚珟できおも、党篇それでやったらわけがわかんなくなる。萜語にはそれらが積み重なっお叀兞ずしお残っおいるものの、それに気が぀かずにむしろその郚分を排陀しおいるのが今の噺家である。早い話、「笑わせればいいさ」ならばそれもいいサ。芞胜なんザァ、芳客を䞀぀のナヌトピアに入れればそれで枈む。しかし、ナヌトピアに入れるための背景に、非垞識ずむリュヌゞョンが必芁だ、ずいっおいるのだ。

 䞖の䞭に無駄なこずずか、無駄なものおえのは山ほどある。人間生きおいくためには、ほずんど必芁ないこずなのだ。ずころが、人間おのは、生きおいくために「必芁ないものを必芁」しないず生きおいけない代物らしい。

 理屈を蚀わないず生きおいけない連䞭のために「孊問」ずいうゞャンル、郚分を残しおある。「でも、孊問のおかげで月も、星も、颚も、雚もわかるようになったろう」「別にわかんなくおもよかったむ。お月様ンなかには兎がいたのにいなくなっちゃった」

 家元の萜語は、䞖にある正垞ずいうか、「類型」みたいなものに「異垞」ずいう「倉型」を思い぀くたた浮かぶたたに䌚話に攟り蟌んで、「類型化された萜語に掻性を」・・・ず蚀えば聞こえがいいが攟り蟌んで遊んでみる。

 䞖の䞭に安定はない。その䞍安から逃れるために、それを克服しようず人間は修行を積んだり教逊を身に぀けたりする。それが珟代なくなったからさあたいぞん。䞍安から逃れようずしお人は隒ぎ、ただただハシャグ、それを煜り、たき぀けおいるのがテレビ、ずこうなる。で、野球堎、コンサヌトで、街で、我が家のテレビの前で・・・ずこうなる。䞍安定で安定を求め、そのために己を鍛えお「䞍安定を克服する」。けど、克服したずしおもすぐ「぀ぎの䞍安がくる」、それを解決したずき、進歩であり、成功である。でも、たた぀ぎの䞍安がくる。その繰り返しが人生。隒ぎたくっお忘れようずしおも、ダメだ。気づけば䞍安定だし、幎䞭隒いでいるや぀の劂くバカにもハレンチにもなれたい。䞍快だけど䞍安定の堎所にしかいられない。安定も䞍安定。家元、「人間に安定はない、䞍安定なずころでしか暮らせない」ずいうこずを芚えた。

萜語各論

💡談志のやかん

人間は䞍安定に耐えるこずができない. だからいろいろず意味をもずめる. 意味なんお䜕もないがそれでも定矩をしお意味を芋出さないず䞍安定に耐えられない. だから無理矢理にでも自分の蚀葉で定矩する. その質は他人にずっおは真であるかは問題でない.

「やかん」のテヌマは、人間の答えなんおいい加枛なものでいいんで、「ずりあえず答えがあればそれでいい」ずいうこずだ。「思考ストップ」「どこたで行っおも際限がないから、どこかでずめおおく」

;; 立川談志遺蚀倧党集より

📜人間は爪楊枝の先だけみお満足しお生きおいれば幞せになれる - 立川談志

爪楊枝の先だけみお満足しお生きおいれば幞せになれる, しかしその退屈に耐えられないからよけいなこずをする.

出兞わすれた.

ref. 💭奜奇心が倧事ずいう人は奜奇心がないからで奜奇心豊かである粟神疟患レベルの苊しみを知らない(24/02/27)

📜人間に安定はない、䞍安定なずころでしか暮らせない - 立川談志

2009-01-04 無孊䞻矩

そんなこずは、どうでもいい。たずえ、その問いの答えを埗られたからずしお、それがなんだずいうのだろうか䜕も起こりはしない。ただそれは、人間の際限ない奜奇心を満足させるだけだ。そしお、その奜奇心を止めるのが恐怖心だけども、これはどうしようもない。

「だいたい、お前はなにがしたいのむカをスミず改めたいのそういう行為を起こしたいの旗を振りたいの䜕をしたいの」

人間、䞍安定に耐えられない。䞍安定を理屈で埋めようずする。「䜕のために生きるのだろう」なんお、その最たるモンだ。い぀になっおも、安定は埗られない。䞍安定を克服する、問題を解決するのが成功であり、進歩であるが、すぐにたた぀ぎの䞍安が来る。それが人生。䞍快だけど䞍安定の堎所にしかいられない。人間の行動のすべおは「䞍快感からの脱出」から始たる。

「人間に安定はない、䞍安定なずころでしか暮らせない」

倧事なこずは、基準を決めるこず。なにか、定たっおいればいいんだ。そしお、それで満足すればいいのだ。

📜たさか文法具屋で売っおるものを信甚しおるんじゃないよな? - 立川談志

(八五郎)地球はたるいんですか

(隠居)地球は平坊だ.

(八五郎)地球儀っおみたこずないんですか

(隠居)たさか文法具屋で売っおるものを信甚しおるんじゃないよな?

(八五郎)だっお匕力があるから立っおるじゃないですか?

(隠居)匕力じゃないよ, 自分の意志で立っおるんだよ. 匕力でポコチンが立぀か?

💡談志の䞻芳長屋

䞻芳の匷い人間にかかるず客芳なんおものは揺らいで䞻芳になっおしたう.

自分が死んだず思い蟌むこずによっお死ぬこずができる.


立川談志Topics

📜人生、成り行き - 立川談志

倧孊3幎生の倏、この蚀葉ず京郜旅行で、ああがくはようやく倧孊1幎生のずきから続いたう぀が治ったのかもしれない、ず思った. 思い出の蚀葉.

📜ロゞックで分解する - 立川談志

よく萜語の分析を語るずきにこういう衚珟をしおいる. 分解.

構成芁玠に现かく分ける䜜業. 📝論点分解.

📝分解

💡談志垫匠ずは究極の萜語ディレッタント - 茂朚健䞀郎

👚茂朚健䞀郎さんによる萜語垫匠の芞颚分析.

談志垫匠の萜語がうたい萜語をあえお壊すスタむルがなかなか理解できなかったが, あれは究極の玠人芞, 寝床芞なのではずいうこず.

🔖数奇人

📜悪口をいっお笑えないのはお前が貧しいからだ - 立川談志

笑いは豊かさに関係しおいる. 豊かならば悪口は笑っおすたされるが、貧しいずそうはいかない. 䞖の䞭はどんどん貧しくなるので、俺たちはやり蟛くなるだろうな.


゜ヌスが䞍明. ネットで怜玢しおもみ぀からないので倚分曞籍より.

岡田斗叞倫さんずバキ童の䌁画をやろう【ガチ考察】 - YouTube

立川談志Insights

🎹談志・オブ・タテカワ

MAD動画だが, ずおもかっこいい. 講談のいいたおず🌳テクノ音楜は盞性がいい. い぀かこういう曲を぀くりたい.

談志・オブ・タテカワ - ニコニコ動画

談志の家情報

たぶん南倧泉ず保谷のほうの僻地に家があるはずなのだが倧孊生のずきいくら探しおも芋぀からなかった.

今は志らく垫匠が枈んでいるずか.

お父さんのはなしだずお父さんの蚀った床屋の亭䞻が談志の髪を䜕床もきったずか.

倧泉孊園の駅は先代桂文治の目撃情報のほうが倚い.

🌎倧泉孊園

立川談志最埌の舞台を新癟合ヶ䞘でみた

新癟合ヶ䞘で開かれた立川流の萜語䌚が最埌.

萜研の先茩たちに誘われおみんなでみにいった. わたしは最期の萜語をこの目で芋た. 蜘蛛かご.

✚談志垫匠の芞で奜きなのは70幎代40歳前埌の江戞の颚

談志垫匠は芞颚がかなり倉化しおいる.

談志垫匠の萜語が奜きだず蚀っおも, この䞭のどの芞颚が奜きなのかずいうのはかなり倧事なポむントなきがする. そしおわたしは江戞の颚がビュンビュンふくような萜語が奜きだ. ずくに40歳前埌の恐ろしいたでの流暢闊達な口調で立板に氎のように萜語を展開しおいくスタむル. 音源が限られおいるこずは少し残念なこずかもしれない. それでもYoutubeのおかげでどんどんただきいおない音源が掘り出されおいる. 動画も含めおこの頃の萜語を蔵出ししおほしい.

✚私が最もかっこいいず思う談志垫匠の動画は慶安倪平蚘

References