わたしはどちらかというと社会のレールから外れてしまった. しかし, その外れた立場から見て, よい仕事や高い給料や地位を目指して頑張って働いたり勉強している人たちは, それはそれで頑張ってほしい.

💡仕事/金/モノ/愛/見た目は統計的には幸福感を高めない

これは📝hedonic adaptationだったり, 📝期待のエスカレーションだったり, いろんな文脈でことごとく語られている. 快楽に慣れて不足感を感じるからこそ, 別のものを求めて行動を起こすことで人間は進化してきた. ドーパミンの素晴らしい機能だ. 人類の進歩には不足感とそこからのアクションが必要であり, 人参に向かってがむしゃらに働く人たちが明日の未来をつくる.

しかし, わたしは人類の未来をつくらなくてもいい. 私以外のみんなが人類の未来のために頑張ってほしい. 私のような人が多数になると, 社会は回らなければ人類も進歩しない. 私のチームは限りなく少数でいいし, なんならこっち来ないでほしい. みんな幸せな地位とお金を求めてがむしゃらに頑張ってほしい. わたしは惨めでもいいので.

なので, 私は人民を先導する哲学者のように, ニーチェのように, アドラーのように, またはお金を稼ぎたいユーチューバーみたいに, 本当の人生を生きろ!とか決して言わない. 一人でこっそり思いつつも, 君たちはそっちで頑張ってねといいつつ, こっちのほうへ来るなと思っている.

そしてこの思想の裏には, 🦊人の真似をしたくないという本能がある. 従って, みんながサボっていたら私は死ぬほど努力する. 私の価値観なんて, そういう単純なものなんだ.