萜語に぀いお

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📔萜語お気楜レビュヌ日蚘

⚫道楜を極めた江戞っ子に䌚った思い出(2006/08/10)

祖父に連れられお、祖父の友達の家に行った。

その人は、萜語通、しかもそんじょそこらの通ずはわけが違う、たさに珟代萜語史の䞭心を生きおきた通だ。もう、八十をすぎおいるのに、ものすごく元気、倧声、早口。しかも、䞋町育ちの江戞っ子口調。戊前は、江戞らしさがただ残っおいたらしい。萜語の䞖界を肌で感じおきた、最埌の生き残りずいった感じ。

はじめに、「ほら、これみおみろ。」ず蚀っお芋せられたものは、なんず、八代目桂文楜からの、倧量の幎賀状圌は、先代の文楜ず芪友だったらしい。それずか、「円生が萜語協䌚を脱退しようずしたずきは、毎晩のようにうちに盞談に来たなぁ」ずか、談志はダメだね。あい぀が前座の頃は、オレが小遣いをやっおたのに、い぀の間にかお山の倧将気分でいばりやがっお、あい぀の芞は他人の物たねだ」ずか、「銬生はよく飲み屋で䞀緒になったんだよ」ずか・・・えっり゜

垰りのお土産に、柳家小䞉治の手ぬぐいをもらった。わヌい。この前池袋たで行ったのに、入れなかったんだ。ざたあみろ

その人は、なかなかの波乱䞇䞈の人生を歩んだようだ。倧孊入孊前に、結栞にかかり、青春時代を幎間、垃団の䞊で過ごしたらしい。その間は、垃団の䞊で萜語ずクラシック音楜この人は、クラシックも造詣が深い。ワルタヌがベルリンフィルず来日したずきのコンサヌトに行ったし、トスカニヌニが死んだ盎埌に、亀響楜団が指揮者なしで来日したずきも聎きにいったずいう。なんお、うらやたしいんだばかりを聎いおいたらしい。

結栞が治り始めおきおも、どうせこの先長くないんだ、ず思っおいたから、完党に道楜に浞る生掻を送ったそうだ。自分で、俺は生粋のばくち打ちだ、ず蚀っおた。池袋のダクザの芪分にもかわいがっおもらったずか。たた、酒もたくさん飲んだらしい。死ぬ前に人生を楜したなくおは、ず思っおいたらしい。

思い蟌んだら䞀本道、ずいった感じで、萜語もトコトン極める。この人は、玠人寄垭を䜕床も䜕床も開いお、それにプロの噺家をたくさん呌ぶずいうこずをやっおいた。その寄垭に、桂文楜をはじめ、萜語黄金時代の噺家がたくさん出た。そしお、圌自身も、講談をやったらしい。その時のネタ垳を芋せおもらったら、なんお豪華な人たちが集たっおいたんだ、ず驚いた。

金は、手に入れば惜しみなく぀かう。それが道楜者ずしおの、粋なんだそうだ。いい噺家を芋぀けるず、たいしおお金もないのに、前座のうちから面倒を芋おやる。そうしお、自分は金がなくなるが、江戞っ子はそんなこずは気にしない。宵越しの銭は持たない、っおや぀かな金は、䜿っお䜿っお、今日こそダメかなず思っおも、䞍思議ず金が入っおくるそうだ。それは、金がなくなっおも、昔䞖話しおやったや぀が出䞖しお、いざずいうずきに助けおくれるからだそうだ。

今日話を聞いお、道楜のよさを感じた。その人の床の間には「極楜」ずいう文字が食っおある。圌の本職は曞道家「極楜っおどういう意味だか知っおるか楜しいを極めるのを、極楜ずいうんだぞ」ずいわれた。人生は、楜したなければいけない。金なんおためたっお、䜿わなければ意味がない。芞は身を助けるっお蚀うけど、あれは本圓だぞ。ずにかく、若い頃にはたった趣味は、たんなる趣味に芋えお、めぐりめぐっお将来の圹に立぀んだから。だから、君がクラシックや萜語には埅っおいるこずも、決しお無意味じゃないんだぞ。

なんお、粋な考え方だ僕はそう思った。道楜、なんおすばらしいんだ。䜕のために生きるのかそれは、人生を楜しむため、遊んで暮らすため、遊びこそ人生の醍醐味だそんな考え方が、粋だ、ず思った。僕は今たで、なんお凝り固たった考えをしお生きおきたのだろう。

道楜を楜しむには、どうせ己の人生なんおたいしたこずないんだ、ず思わなければいけない。なぜ生きるのかずは、自分に満足するこずだ。その人も、いろいろず人生に぀いお考えおきたが、八十幎生きおきおたどり着いたのは、老子の無為自然」ずいう考えだそうだ。自分は自分であり、自分の道を歩めばいいんだ。自分からはみ出たこずをしちゃいけない。自然でなければいけない。

自然道」ずいう文字が、掛け軞になっお食られおいた。圌の造語で、これが圌の人生哲孊だそうだ。八十幎の重みを感じる。

倏䌑みにはいっお、去幎の倏が散々だったから、今幎の倏はしっかりしなきゃ、ず思っおいたけど、べ぀に予定もないし、ひただし、いいや、道楜しおしたおう。

2006/08/10

📍なぜ萜語研究䌚に入ったのか

倧孊生のずきの゚ッセむ.


僕は、倧孊では萜語研究䌚ずいう、およそ瀟䌚の圹に立たないサヌクルに入っおいる。しかしなにも、寄垭文字を曞いたり、着物を着たり、䞉味線を匟いたり、䌚議に出垭するために萜研に入ったのではなかった。それでは、なぜがくは萜研に入ったのかそれは、笑いの研究のためだった。

僕が萜研に入ったのは、おもしろいものに盎面したずき、「なぜこれはおもしろいのか」ず考え蟌んでしたうからだった。幞か䞍幞か、僕は笑っおしたうようなこずを楜しむこずができない。笑いの䞭に朜む、䞍気味な力が僕の感性を刺激する。僕は、ノヌテンキにぞらぞらず笑っおいられないのだった。

たずえば、浪人生だったずき、僕は某予備校に所属しおいたが、売れっ子予備校教垫ずなるず、ものすごく授業がおもしろい。教宀の空気を支配し、笑いの枊を巻き起こす。みんなはげらげらず笑う。しかし、その枊䞭、がくは䞀人黙っおいた。䞀人、口を真䞀文字に結び、眉をひそめ、「なぜだなぜだ」ず自問しおいた。

ずにかく、䞀番初めは、僕はそのような切実な問いに突き動かされお萜研に入ろうず思った。

「自分は䜕のために生きおいるのだろう?」「なぜ僕はここに存圚するのだろう」「自分ずは䜕だろう?」などずいう問いに、前觊れもなく盎撃されたずき、人はいったいどうするか

人間性の根底に觊れるような、そんな問いに、もちろん絶察確実な答えが存圚するはずがない。人は自分なりにさたざたな答えを出しそれを信仰し、あるいは問いを忘れたりするこずで、生きおいく。答えが芋぀からなかったり、問いを忘れられない人間は、頭がおかしくなったり、自殺したり、哲孊者になったりする。

笑いずは䜕だろうそれを支える原理はなんだろうか?なぜこっちがおもしろく、こっちがおもしろくないのかいろいろず本を読んでみお、それが「業」であるずか、「緊匵ず匛緩の関係」だずか、「䞍条理」だずか、笑いを支える原理を各人各様に、さたざたな答えが出されおいるが、やっぱりわからない。わからないず、䞍安になる。分からないこずは、恐怖である。結局いろいろず調べたり考えおも、わからないので忘れる方向に走ろうず思うずきもある。するず、玠盎に笑いを楜しむこずができる。

しかし、そうであるさなか、突然思いがけず笑いが恐ろしくなるずきがある。それは冷たいものに觊れおヒダッずするような、説明できない䞍快な気分であり、霧のようにすっず去来し、じくじくず頭を刺激し、なんずもいえない䞍気味な雰囲気で空間を包み蟌むような、そんな感じ。

はたしお、笑いずはいったいなんだろうか