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📔落語お気楽レビュー日記

✨人生経験が積み上がるほどに落語の演目が業と交差してメタ視点から意義を与える

あらかたの落語演目は学生時代にインプットした. すると、その後の人生で、ああこの噺は落語のアレだという経験がとても多い. これは人生の初めに落語に触れ合ってよかったと思う.

📜落語とは業の肯定である - 立川談志

落語を通して、経験が抽象的に相対化される効果がある. 別に落語の噺はくだらないもので価値あるものではないが、意義を与える.

<2025-11-11 Tue 08:29>

⚫道楽を極めた江戸っ子に会った思い出(2006/08/10)

祖父に連れられて、祖父の友達の家に行った。

その人は、落語通、しかもそんじょそこらの通とはわけが違う、まさに現代落語史の中心を生きてきた通だ。もう、八十をすぎているのに、ものすごく元気、大声、早口。しかも、下町育ちの江戸っ子口調。戦前は、江戸らしさがまだ残っていたらしい。落語の世界を肌で感じてきた、最後の生き残りといった感じ。

はじめに、「ほ~ら、これみてみろ。」と言って見せられたものは、なんと、八代目桂文楽からの、大量の年賀状!彼は、先代の文楽と親友だったらしい。それとか、「円生が落語協会を脱退しようとしたときは、毎晩のようにうちに相談に来たなぁ」とか、「談志はダメだね。あいつが前座の頃は、オレが小遣いをやってたのに、いつの間にかお山の大将気分でいばりやがって、あいつの芸は他人の物まねだ」とか、「馬生はよく飲み屋で一緒になったんだよ」とか・・・えっ?ウソ?

帰りのお土産に、柳家小三治の手ぬぐいをもらった。わーい。この前池袋まで行ったのに、入れなかったんだ。ざまあみろ!

その人は、なかなかの波乱万丈の人生を歩んだようだ。大学入学前に、結核にかかり、青春時代を7年間、布団の上で過ごしたらしい。その間は、布団の上で落語とクラシック音楽(この人は、クラシックも造詣が深い。ワルターがベルリンフィルと来日したときのコンサートに行ったし、トスカニーニが死んだ直後に、NBC交響楽団が指揮者なしで来日したときも聴きにいったという。なんて、うらやましいんだ!)ばかりを聴いていたらしい。

結核が治り始めてきても、どうせこの先長くないんだ、と思っていたから、完全に道楽に浸る生活を送ったそうだ。自分で、俺は生粋のばくち打ちだ、と言ってた。池袋のヤクザの親分にもかわいがってもらったとか。また、酒もたくさん飲んだらしい。死ぬ前に人生を楽しまなくては、と思っていたらしい。

思い込んだら一本道、といった感じで、落語もトコトン極める。この人は、素人寄席を何度も何度も開いて、それにプロの噺家をたくさん呼ぶということをやっていた。その寄席に、桂文楽をはじめ、落語黄金時代の噺家がたくさん出た。そして、彼自身も、講談をやったらしい。その時のネタ帳を見せてもらったら、なんて豪華な人たちが集まっていたんだ、と驚いた。

金は、手に入れば惜しみなくつかう。それが道楽者としての、粋なんだそうだ。いい噺家を見つけると、たいしてお金もないのに、前座のうちから面倒を見てやる。そうして、自分は金がなくなるが、江戸っ子はそんなことは気にしない。宵越しの銭は持たない、ってやつかな?金は、使って使って、今日こそダメかなと思っても、不思議と金が入ってくるそうだ。それは、金がなくなっても、昔世話してやったやつが出世して、いざというときに助けてくれるからだそうだ。

今日話を聞いて、道楽のよさを感じた。その人の床の間には「極楽」という文字が飾ってある。(彼の本職は書道家!)「極楽ってどういう意味だか知ってるか?楽しいを極めるのを、極楽というんだぞ」といわれた。人生は、楽しまなければいけない。金なんてためたって、使わなければ意味がない。芸は身を助けるって言うけど、あれは本当だぞ。とにかく、若い頃にはまった趣味は、たんなる趣味に見えて、めぐりめぐって将来の役に立つんだから。だから、君がクラシックや落語には待っていることも、決して無意味じゃないんだぞ。

なんて、粋な考え方だ!僕はそう思った。道楽、なんてすばらしいんだ。何のために生きるのか?それは、人生を楽しむため、遊んで暮らすため、遊びこそ人生の醍醐味だ!そんな考え方が、粋だ、と思った。僕は今まで、なんて凝り固まった考えをして生きてきたのだろう。

道楽を楽しむには、どうせ己の人生なんてたいしたことないんだ、と思わなければいけない。なぜ生きるのかとは、自分に満足することだ。その人も、いろいろと人生について考えてきたが、八十年生きてきてたどり着いたのは、老子の「無為自然」という考えだそうだ。自分は自分であり、自分の道を歩めばいいんだ。自分からはみ出たことをしちゃいけない。自然でなければいけない。

「自然道」という文字が、掛け軸になって飾られていた。彼の造語で、これが彼の人生哲学だそうだ。八十年の重みを感じる。

夏休みにはいって、去年の夏が散々だったから、今年の夏はしっかりしなきゃ、と思っていたけど、べつに予定もないし、ひまだし、いいや、道楽してしまおう。

2006/08/10

📍なぜ落語研究会に入ったのか

大学生のときのエッセイ.


僕は、大学では落語研究会という、およそ社会の役に立たないサークルに入っている。しかしなにも、寄席文字を書いたり、着物を着たり、三味線を弾いたり、会議に出席するために落研に入ったのではなかった。それでは、なぜぼくは落研に入ったのか?それは、笑いの研究のためだった。

僕が落研に入ったのは、おもしろいものに直面したとき、「なぜこれはおもしろいのか?」と考え込んでしまうからだった。幸か不幸か、僕は笑ってしまうようなことを楽しむことができない。笑いの中に潜む、不気味な力が僕の感性を刺激する。僕は、ノーテンキにへらへらと笑っていられないのだった。

たとえば、浪人生だったとき、僕は某予備校に所属していたが、売れっ子予備校教師となると、ものすごく授業がおもしろい。教室の空気を支配し、笑いの渦を巻き起こす。みんなはげらげらと笑う。しかし、その渦中、ぼくは一人黙っていた。一人、口を真一文字に結び、眉をひそめ、「なぜだ!なぜだ!」と自問していた。

とにかく、一番初めは、僕はそのような切実な問いに突き動かされて落研に入ろうと思った。

「自分は何のために生きているのだろう?」「なぜ僕はここに存在するのだろう?」「自分とは何だろう?」などという問いに、前触れもなく直撃されたとき、人はいったいどうするか?

人間性の根底に触れるような、そんな問いに、もちろん絶対確実な答えが存在するはずがない。人は自分なりにさまざまな答えを出しそれを信仰し、あるいは問いを忘れたりすることで、生きていく。答えが見つからなかったり、問いを忘れられない人間は、頭がおかしくなったり、自殺したり、哲学者になったりする。

笑いとは何だろう?それを支える原理はなんだろうか?なぜこっちがおもしろく、こっちがおもしろくないのか?いろいろと本を読んでみて、それが「業」であるとか、「緊張と弛緩の関係」だとか、「不条理」だとか、笑いを支える原理を各人各様に、さまざまな答えが出されているが、やっぱりわからない。わからないと、不安になる。分からないことは、恐怖である。結局いろいろと調べたり考えても、わからないので忘れる方向に走ろうと思うときもある。すると、素直に笑いを楽しむことができる。

しかし、そうであるさなか、突然思いがけず笑いが恐ろしくなるときがある。それは冷たいものに触れてヒヤッとするような、説明できない不快な気分であり、霧のようにすっと去来し、じくじくと頭を刺激し、なんともいえない不気味な雰囲気で空間を包み込むような、そんな感じ。

はたして、笑いとはいったいなんだろうか?