星の時間とは

一瞬が永遠に感じるときの流れ.

📚人類の星の時間 - シュテファン・ツヴァイク

  • title: 人類の星の時間
  • authors: シュテファン・ツヴァイク
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星の時間を生きたい。なんでもよい、没頭できるものに没頭したい。自分の存在を忘れ、打ち込めることに出会えれば幸せだ。(06/7/19)

Literature Notes

芸術の中にひとつの天才精神が生きると、その精神は多くの時代を超えて生きつづける。世界歴史にもそのような時間が現れると、その時間が数十年、数百年のための決定をする。そんな場合には、多くの事象の、測り知れない充満が、きわめて短い瞬時の中に集積される。

時間を超えてつづく決定が、ある一定の日府の中に、あるひと時の中に、しばしばただ一分間の中に圧縮されるそんな劇的な緊密の時間、運命をはらむそんな時間は、個人の一生の中でも歴史の径路の中でも稀にしかない。こんな星の時間-----私がそう名づけるのは、そんな時間は星のように光を放ってそして不易に、無常変転の闇の上に照るからであるが-----のいくつかを私はここに、互いにきわめて相違している時代と様相との中から挙げてみることを試みた。

📚至高体験 - コリン・ウィルソン

Literature Notes

至高体験の瞬間は純粋であり、積極的な幸福感に満ちている。あらゆる疑惑、恐怖、禁忌、緊張、弱さが追い払われる。今や、自己意識は失われる。世界との分離感や距離感は消滅し、同時に彼らは世界と一体であると感じ、世界に融合し、まさに世界に属し、世界の外側にあるのではなく、世界の内側に見入るのだ。あたかもその地にやっと到達したかのように、また元来人生がどこかの場所へ到達するための抗争や努力であって、この地こそが到達点であり、これこそがその地にある実感そのものであるかのように!人はすべて何物かの欠乏感なら知っているが、一体なにが欠けているのかは知らない。ここに述べた神秘体験は、あいまいな満たされぬ望みに対して、究極的な満足を与えるものとして感じられる。

至高体験の必須条件の一つは、「エネルギー」である。至高体験は本質的にエネルギーの噴出なのである。したがって、エネルギータンクに大量のエネルギーを備えている人々のみ至高体験ができる。至高体験はまっていれば向こうから来るものではなく、用意周到に、エネルギーを蓄えていなければならないのである。

カール・ポパー卿はこういった。人間の偉業は、精神の、知性の、想像力の世界を創造し、それを実在せしめることにある。この世界を「第三世界」と呼んだ。この世界は、ニュートン、アインシュタイン、ベートーベン、トルストイ、プラトンなどの業績を包容する。すなわち、人類の遺産の中で最も重要な部分なのだ。ちなみに、第一世界は客観的世界。第二世界は主観的世界である。第三世界は根本的に、純粋な「意味」の世界である。意味が意志を刺激し、意志を欲望で満たして新しい世界を創造する。意味の世界に近づくほどに、人間の生命力は超人的段階に向かって増大する。至高体験とは意味の波の突然のうねりだ。ここで問題になるのは、どうやってうねりを起こすかである。それは「精神集中」によってなされる。精神集中はタンクの深層からエネルギーをくみ出すポンプの役割をする。

意味は生への意志を旺盛にする。至高体験は、私に努力することの理由を与えてくれるのであり、努力を通じて、意志は健康を保つのである。至高体験とは意味の爆発であり、意志の強度に正比例している。人間は外的意味感覚を通じて前に進む。意味感覚が強いときには、高度の意志操縦と全般的健康とを保ち得る。外的意味感覚が失われると、主観的感情の犠牲となる。人間はこうした事態を避けようとして、宗教、芸術などを生み出した。音楽、詩、自然、哲学、数学。これらはすべて、私が「偏頗な精神」に捕われており、「本当の自己」は全体的により広範囲の反応を示すものだ、と私に「想い出させ」、あの「汚れた醜い姿」から私を解放してくれる。

人間の基本的な問題とは、至高体験が可能である状態を絶えず保っておくことにある。これは現実的には一定の前進力であり、意気消沈や落胆、さまざまなニュアンスの敗北感の受け入れを頑強に拒むことである。

Insights

🖊Stern Stunden

ドイツ語でいうとこう.

Stern Stunden, むかしこういう美しい時間を記録する日記ブログを書いていた.