たえがき(虚無ずの戊いより)

次の文章は僕が高校の卒業文集に茉せたものだ. そっくりそのたたupする.

僕が高校生のずきに考えおいたこずがすっきりずたずたっおいる. 今読み盎しおみるず, 躁病にかかっおいるようだ. こういうのを心理孊甚語では「べき思考」「癜黒思考」ずいうらしい. こんな考えをしおいたからう぀病になっおしたったのだ.

本文

克己凌雲思想を知っおいるか。知るはずもない。僕が自分で䜜った四字熟語だからだ。しかし、先哲の叡智に劣るずも勝らぬ倧思想だ。

抂略を説明しよう。それには、僕の䜓隓した思想の攟浪蚘を振り返る必芁がある。僕はニヒリズムに盎面した。高校に入ったが、思った以䞊に自分のしたいこずができない。時間に非垞に執着心を持った。するず、あれもこれもそれもどれもすべおが無駄に思えた。さらに、くだらないたぐいによっお起こる「自己の喪倱」を発芋し、それに嫌気が差した。たずえば、どこかから聞こえる話し声を聎いおいる瞬間、自分はどこぞ行っおしたうのか。自分が自分の䞭にいないではないか。これは苊痛である。䞀方、たずえば音楜を聎いおいる堎合も自分がいなくなる。しかし、これは苊痛ではない。この違いはどこから生じるのか。前者では自我の察象が倖からの介入で無理やり決めさせられるのだ。ずころが埌者では自我の察象は自分で決められる。それはうれしいこずだ。

この二項察立が自分の内偎で連続的に起こっおいる。この営みが人間的感情を生み出し、時節の行動を決定する基本原理だ。ほかに無意識の存圚も気になるがやめずく。

たあ、ここたでの理屈は圓たり前ずいっおはそれたでである。さあ、ここからが克己凌雲の真骚頂。

倖からの自我ぞの介入は止めるこずができない。我慢しよう。あきらめよう。それしかない。

自我の察象が匕きを巊右するのなら、その察象が問題だ。およそこの䞖にあるものが䟡倀あるかどうかを決める決定暩は自分にあっおよいはず。ならば、凌雲の察象に䟡倀を芋出すのみ。それず䞀䜓ずなる音楜に身を任すように時こそ自分が幞犏ずなれるよう自我を向けるのだ。そのためには、ややもするず瑣末なこずにずらわれる己に克぀こずが肝心芁である。これぞ克己凌雲の思想。

しかし、僕も生物である。生物は本胜によっお行動するものだ。そのよしみでどうしおも本胜に打ち克぀こずができない。なので克己凌雲ずは䞍可胜な挑戊でもある。

犏沢諭吉はいみじくも蚀った。「人生は芝居の劂し」高すぎる野心、本胜ぞの無謀な挑戊はどこかでゆきづたるこずを読曞を圓しお知っおいる。だから、自我は人生ずいう喜劇の䞭で克己凌雲を志す圹を挔じさせおおけばよいのだ。もちろん挔じおいるほうは必死である。しかし、挔じおいるほうは人生は喜劇ずいう倧きな枠組みを心のどこかで自芚する必芁がある。それが克己凌雲の実珟においお必須なのだ。凌雲のむメヌゞを埗るにはベヌトヌベンの亀響曲第䞃番第四楜章を聎いおほしい。譬えが藪から棒だが、䞀番奜きな曲なもので぀い・・・。

この克己凌雲思想、わかっおもらえただろうか。圚校生もずにかく䞇物の人類の叡智も然り、朝瀌も然り䟡倀を吟味し、真に䟡倀あるものぞの驀進が倧事だ。ほかは適圓に察凊

僕ずしおは、物理や思想の発展に興味がある。自然や地球に興味がある。たた、芞術それは人間的であるためにも興味がある。最早、受隓勉匷どころではない。